馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

好き、について 15/15


        自分の感受性くらい、
        そんな詩があった。

        僕たちは、ついつい、
        他人の好きなものを、
        自分の好きなものにする。

好き嫌いの基準を、
みんなと共有することで、
自分を守ってしまう。

        自分が自分であることは、
        いつだって、厳しくて、難しい。

        好き、とは、
        自分で守ることである。
        自分を守ることではない。



自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ

        ―― 自分の感受性くらい/茨木のり子詩集、
        ―― 谷川俊太郎 編、2014、岩波文庫



    161003.jpg
    https://en.wikipedia.org/wiki/Friedrich_Nietzsche



論考-論考論考好き、とは、

六-三論考論考世界の切り取り方と、まとめ方である。

七-二七論考論分節と生成の傾向性である。

一一-二六論考誰かによって変えられた自分である。

一一-三三論考僕の、好き、という基準に、
論考-論考論考収まるようなものではないらしい。

一二-二八論考きっと、いくつかの、
論考-論考論考好きになれたのかもしれないものごとを、嫌うことである。

一三-一九論考僕は何が好きなのかを、
論考-論考論考教えてもらうことである。

一三-二一論考僕は何が好きだったのか、
論考-論考論考その謎が解けることである。

一三-二三論考理由はなく、僕の、好き、だけがあるのだろう。

一四-六論考論その説明の不要さである。

一五-一二論考自分で守ることである。



テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2016年10月03日 20:24 |
  2. 好き嫌い
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:8

コメント

青梗菜さん、こんばんは!!^^

かっこいいっす、後半部。なぜ、11-26や十一-二十六でなくわざわざ入力しにくい?一一-二六にしたのですか?かっこいいからですよね?

最新記事欄の前半もなんかとてもきれいです。m(__;m
  1. 2016/10/05(水) 21:06:07 |
  2. URL |
  3. くわがたお #-
  4. [ 編集 ]

茨木のり子さんの言葉が、最初から、胸を打ちました。deep impact.
繰り返しあらわされた、この、
ぽそっと口をついて出てきたような、吐露されたような言葉に、
自分の能力だけでは出会えなかったであろうという事実が、
私にとって更に深い意味を持ちました。
自分を見つめるだけでは決して得られない経験であると。
何かわかったことがあってもなくても、その経験だけで、私は充分。
  1. 2016/10/05(水) 21:34:36 |
  2. URL |
  3. 海底まきがい #-
  4. [ 編集 ]

あれ、ウィトゲンシュタインの論考、で締めるとおっしゃっていたけど、ニーチェですか?
ニーチェの何の本ですか?
ニーチェと言えば、永遠回帰の思想、で、要は、全てが回帰するなら、小さなもの、くだらないもの、も回帰する訳ですから、解説者は説明に困るのですが、別に、ニーチェに論理性を求める必要もない。
要は、至福の瞬間というもの、これが人生だったのか、よし、もう一度!と言える瞬間を持てるならば、小さなものが回帰してきても耐えられる。と、解釈します。
  1. 2016/10/05(水) 23:28:27 |
  2. URL |
  3. oki #-
  4. [ 編集 ]

がたおさん、こんにちは。

>かっこいいっす、後半部。
へへへw。
>なぜ、11-26や十一-二十六でなくわざわざ入力しにくい?一一-二六にしたのですか?かっこいいからですよね?
はははw、かっこいい、とは、訴求力だと思います。
少々間違っていても、納得させる力があります。

>最新記事欄の前半もなんかとてもきれいです。m(__;m
ありがとっ。
  1. 2016/10/06(木) 12:05:05 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

まきがいさん、こんにちは。

>茨木のり子さんの言葉が、最初から、胸を打ちました。deep impact.
はい、有名な詩ですよね~。
この詩については、僕ごときがどうこう言える余地はないから、
僕にできることは、
茨木のり子さん、あなたの遺志を継ぐ者がここにいますよ、
って書くこと以外には思いつきません。
それでじゅうぶんだよなぁ。
美しい詩論なんていらないわ、
僕たちは、現実に詩を論じなきゃ。

>自分を見つめるだけでは決して得られない経験であると。
はい、他者は、僕の基準に収まるようなものではないらしい、
だから、開けとかなきゃ、です。
閉じてしまう僕を、こじ開けにくるのが他者なので、
開けてやらなきゃ、です。

僕にそれができているのかどうかは、
自信が持てないのですが、
好き嫌いを、開け閉めとするなら、
嫌い、とは、一度は開けて、
やっぱ無理、という確認になりそうです。
嫌い、の多さからも量れるのかな、
なんてふうにも思います。
  1. 2016/10/06(木) 12:05:57 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

okiさん、こんにちは。

>あれ、ウィトゲンシュタインの論考、で締めるとおっしゃっていたけど、ニーチェですか?
論理哲学論考、はレイアウトだけでw、
ニーチェ、は写真だけw。
ミニの写真みたいなもので。
印象ですけど、ウィトゲンシュタインは、好き嫌いを言わない人ですね。
ニーチェは言うw。
好き嫌いが、丸出しです。
道元も言わない。
でも、王朝文学への憧憬が読み取れる。
言葉ではない、なんて書きながら。
そのあたり、ちょっとずるい。

>ニーチェの何の本ですか?
誰の引用でも、何の本でもありません。
ほとんど毎日、15回考えて、
6回めから結論が出てきて、最後に並べました。

問いは、1回めと2回めに立てました。
>しかし、好き、って何だ?
>僕は、何を、好き、と呼んでいる?

3回めに、答え方を示しました。
>答を考えるのは、
>僕が最初であり、僕で最後になる。
>僕が考えることが、
>正しいのか、間違っているのか、
>そんなことは、知らない。
>確かめようがない。
>もとより、正しいことが分かっているのなら、
>考えることも、書き表すこともない。

15回めの答は、
ぶれてないつもりです。
  1. 2016/10/06(木) 12:06:43 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

ヤラレタあ、青梗菜さんは何時もこうなんだからね〜。
ニーチェの箴言にしてはおかしいと思ったんですよ〜。
だけど、先に、茨木のり子の引用があるから、こっちも引用だと普通なら思うじゃない。
確かに何時もそうだけど、今回は特にブレてない。
先に、結論があって、それに向かって進む。ヘーゲルの全体知だよ。
  1. 2016/10/07(金) 00:22:48 |
  2. URL |
  3. oki #-
  4. [ 編集 ]

okiさん、こんにちは。

>ニーチェの箴言にしてはおかしいと思ったんですよ〜。
あ、そうか~。
ニーチェの箴言か~、忘れてたw。
うん、ニーチェといえば、超人とか永劫回帰とかになる。
でもなぁ、そのあたりは、なんだかついて行けないし、
カントやヘーゲルのような体系もないし、
ってことは、身の周りのことでぷんぷん怒ってる人になるけどw、
好きだな~、ニーチェ。
天才がスパークしてる、めちゃくちゃ鋭い。
しかし、女にも男にもモテなかったから、
そっち方面はリアリティがないw。
>だけど、先に、茨木のり子の引用があるから、こっちも引用だと普通なら思うじゃない。
なるほど~、紛らわしいっw。
>ヘーゲルの全体知だよ。
ほめすぎっw。
  1. 2016/10/07(金) 01:47:41 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

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