馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

好き、について 6/x


手詰まりなので、
ソシュールっぽく展開して抜けたいと思う。
好き、とは、世界の切り取り方と、まとめ方、であり、
好きな人、とは、それらの方法が似ている人、
つまり、分節と生成の傾向性とする。



    160920a.jpg
    http://www.summersonic.com/2014/gallery/117.html

小島麻由美と、山崎まさよしと、
ブルーハーツと、スピッツは、それぞれに違う。
彼/彼女らは、音楽の地平から、
自分たちの音楽を、それぞれに切り分ける。
それを、分節と呼ぼう。

小島麻由美のアルバムは、
僕が1曲聴くごとに、
しだいに小島麻由美らしさを生成させる。
うまく言葉にはできないけれど、
小島麻由美の世界が現れる。

世界は小島麻由美によって切り取られ、
分節されたものが生成を行い、
生成は、小島麻由美の世界をまとめ上げる。
僕が、小島麻由美が好き、と言うときは、
その生成された何かを好きと言っている。



    160920b.jpg
    http://f01.ototoy.jp/feature/2014120607

山崎まさよし、ブルーハーツ、
スピッツや、槇原敬之や、安藤裕子についても、
それぞれの分節と生成によって、
僕は、彼/彼女らの音楽を聴き分ける。
やがて、彼/彼女らの生成がひとまとめにされて、

僕の好きな音楽、という生成が行われる。



テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2016年09月20日 20:12 |
  2. 好き嫌い
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6

コメント

青梗菜さん、

第4パラグラフ?、好きじゃなきゃ生成できないもんね。てか生成するから好きなんじゃね?なんて、妄想しました。m(__;m
  1. 2016/09/20(火) 22:14:17 |
  2. URL |
  3. くわがたお #-
  4. [ 編集 ]

ずっと考えていることが偶然にも青梗菜ブログのテーマになり、
更に重ねて考えているうちに、どんどん青梗菜ブログは生成されているので、
コメントするタイミングが間に合っていません。

好きなものとは、一身同体。そうなると、もうどうしようにも自分と相手の区別がつかなくなるし、区別したくない。
自分の事だけが好きなだけなのかと、疑うこともある。
けど、嫌いなものは自分の体内には1mmたりとも、入らない。
というか、入ることを相手が拒否している感さえある。

ところがですね、大好きな人がさ、
「まきがい君、セカオワのライブのチケットがね、友達がいけなくなっ ちゃっ て、余っちゃってるんだけど、行かない?。」
と、小首をかしげてこっちを見つめてる。
「え==、一緒に行っていいの?俺さ、一度セカオワ見にいきたかったんだよ。 嬉しいな==。」はい。私は悪魔に魂を売ります。
更に、見に行ったライブが結構良かったりして、
セカオワが好きになってしまう可能性さえある。
好き嫌いの間にあるものは、薄い浸透膜みたいなもので、
分子どうしはかなり自由に行き交っている。
これが、アレルギー反応を起こし、身体的に免疫が働いてしまうような嫌い方。
これを、無視というんじゃないかなぁ。
膜はシャットアウト。内側に入った菌は、徹底的な殲滅。
この態度は、偏見的にいうと、
統計をとればやや、女性側に多く見られる態度のような気がする。
またこんな事言っちゃうと、
今回も、ええかっこしいは完全放棄します。
  1. 2016/09/20(火) 22:25:51 |
  2. URL |
  3. 海底まきがい #-
  4. [ 編集 ]

切り取られた文節それぞれには、もしかすると指示語が存在するかも知れない。
例えば小島麻由美の「気だるさ」とか♪
青梗菜さんも安藤裕子の「薄幸感」を挙げていた。

切り取られた文節を指示する語を列挙していくと生成されたものの正体がぼんやりと見えてくる?…ような気もしました♪

でも、この作業は、かなりしんどいだろうなと思いますw

  1. 2016/09/21(水) 03:30:06 |
  2. URL |
  3. 小奈鳩ユウ #0TSJikig
  4. [ 編集 ]

がたおさん、こんにちは。

>好きじゃなきゃ生成できないもんね。てか生成するから好きなんじゃね?なんて、妄想しました。m(__;m
それがね、嫌いなものごとのほうが過敏で、
生成を始めやすいのよ、僕の場合。
なんとかして、一連のこの嫌いなものごとの法則を見つけたい、
なんて思ってしまう。
好き嫌いは表裏一体だから、
裏返せば好きの法則にもなるけれど。
  1. 2016/09/22(木) 03:15:28 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

まきがいさん、こんにちは。

>ずっと考えていることが偶然にも青梗菜ブログのテーマになり、
>更に重ねて考えているうちに、どんどん青梗菜ブログは生成されているので、
>コメントするタイミングが間に合っていません。
ふふふw。
たぶん、ひとつひとつはありふれたものごとで、
しかし、その組み合わせで、その人の独自性ができる、
ここまでは、よくある論理だと思います。
でも、その論理で自分の、好き、が説明できないことは、
きっと誰もが薄々感じてます。
>好きなものとは、一身同体。そうなると、もうどうしようにも自分と相手の区別がつかなくなるし、区別したくない。
好き、とは、どうやら僕の主観の側に、
入り込んでしまったものごとのことらしい。
では、好き、ってのは自分の一部になることです。
このことを、どう捉えるか、
好き、というのは肯定ですから、
やや否定的に続きを書いてみますw。

お~、セカオワのライブのチケット、
行きます、行きます!
まきがい君は、セカオワが嫌いです。
代わりに、青梗菜が行きますっ!
深瀬もさおりも大好きです。
僕の魂なんて、大安売りですわ~w。

>これが、アレルギー反応を起こし、身体的に免疫が働いてしまうような嫌い方。
>これを、無視というんじゃないかなぁ。
>膜はシャットアウト。内側に入った菌は、徹底的な殲滅。
>この態度は、偏見的にいうと、
>統計をとればやや、女性側に多く見られる態度のような気がする。
生理的に無理、とか、
受けつけない、とか、
女子は容赦ないですよね。
でも、そうやってきれいさを保ってる女子のほうが、
僕は好きなのですけどね~。
  1. 2016/09/22(木) 03:19:20 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

ユウさん、こんにちは。

>切り取られた文節それぞれには、もしかすると指示語が存在するかも知れない。
>例えば小島麻由美の「気だるさ」とか♪
>青梗菜さんも安藤裕子の「薄幸感」を挙げていた。
うん、言葉は見つかる。
でも、一致しない。
気だるさが好きなのではなくて、
小島麻由美の気だるさでなきゃだめだw。
安藤裕子の薄幸感はいいけど、
うすいさちよは違う。

>切り取られた文節を指示する語を列挙していくと生成されたものの正体がぼんやりと見えてくる?…ような気もしました♪
うん、ほらほら、あんな感じ、ってやつな~。
>でも、この作業は、かなりしんどいだろうなと思いますw
うん、近いところまでは行ける。
でも、重ならない。
自分の好みも、変化するからなぁ。
  1. 2016/09/22(木) 03:26:11 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

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