馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

ポケモンGOとは何だったのか 3/x (。-`ω´-)ンー


ゲームは、どれもそんなもので、
ゲーム機とプレイヤーは、
いつだって分断されている。
ゲームが虚構、というのは、
たぶん、そういう意味である。
プレイヤーは、現実を見てはいけない。

ゲーム機は、何らの意思を持たず、
プレイヤーに寄り添うことはないから、
ゲームの成立には、常に、
プレイヤーの一方的な思い込みが求められる。
あらゆるゲームは、
プレイヤーの誤謬によって成り立っている。


プレイヤーは、常に、
間違いを犯している。
ゲーム機が間違えるときには、
ゲームは成立しないが、
プレイヤーが間違えないときにも、
また、ゲームは成立しない。

つまり、ゲーム機が正常で、
プレイヤーが異常なときにだけ、
ゲームが成り立つ。
それが、僕たちとゲーム機の関係だ。
ほかのどんな組み合わせでも、
ゲームは成立しない。


ゲームを始める、ということは、
自らを間違いのモードに移すことであり、
ゲームしている、ということは、
そのモードに没入していることを、
忘れてしまうことである。
端的に言って、プレイヤーとは、

気が狂った人のことである。



テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2016年07月30日 21:10 |
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

コメント

> プレイヤーは、常に、
> 間違いを犯している。
なるほど。デジタルのゲームは全くしたことがないのですが、
作成者が定めた正解以外は全部間違いで成り立っているのですか。
正解とは目的地に速く安全に到達すること、というようなものなら、
面白いですね、人間の実際の人生ゲームも間違いだらけで、それでいいのだ、と言えそうです。
このたびのポケモンGOはゲームそのものが面白いということより、
ゲームをみんなで一緒にすることが面白いというように見えるのですが、
現代では独りでこっそりするゲームというのは成立しないのでしょうか。
みんなで一緒に同じことをしないと狂人に見えるのでしょうかね。
  1. 2016/07/31(日) 12:08:44 |
  2. URL |
  3. ☆バーソ☆ #IGPPA7yY
  4. [ 編集 ]

バーソさん、こんにちは。

>>プレイヤーは、常に、
>>間違いを犯している。
事実誤認、って意味でした。
現実でないことを知りながら、
積極的に間違いを犯しに行くような。

>現代では独りでこっそりするゲームというのは成立しないのでしょうか。
少なくとも、ポケモンGOとは何だったのか、
それについて考えるゲームが成立します。
目的地に速く安全に到達することが正解なら、
検索して、安全な答を探してくればいいし、
間違いだらけで、それでいいのなら、
僕はいくらでも間違えることができます。
正解はつまらないし、間違いだらけなら読めないし、
ブログに載せる、ってことは、
読み手に、ゲームの成立を問うようなものかなぁ。

>みんなで一緒に同じことをしないと狂人に見えるのでしょうかね。
見えますよ~♪
今日、川で河童を捕まえようとしている人が、
1人か2人はいると思うのです。
僕は、遠くから応援しますが、
近づきたくはないですね~w。
  1. 2016/07/31(日) 13:53:59 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

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