馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

個性とか、独自性とか 8/8


最後に、個性とは何か、
その定義を求めてみる。
    それは、個性について、
    没個性的に考えてみるということか。

没個性的に考えることなど、
はたして人にできるのか。
    そんなことを思う僕の個性が、
    無理だからやめろと言っている。


何が集まって、個性と呼ぶか。
それは、普通には、人が集まっている。
    ~が巧い人、~な性格の人、~ができない人、
    ~な人から帰納する。

河原の石にも個性を認めるが、
それは、擬人化っぽい用法にしておこう。
    個性に着目するのも、
    認めるのも、認めないのも人だろう。


何が分かれて、個性と呼ぶか。
それは、性質の違いによって分けられる。
    では、個性とは、端的に、
    他人と違うことである。

平均的な性質との差異から演繹して、
~が速い、~が多い、~が悪い、
それらを個性と呼んでいる。
    ここまでを定義とする。

    個性とは、他人と違うこと。
    当りまえすぎて、拍子抜けするけれど。


実際には、定義は終わらない。
    定義された、個性は、
    再定義に駆り立てられて、
    良い個性と、悪い個性に分けられる。

良い個性と、悪い個性。
    それらは、すでに個性で縁取られた、
    どちらも個性の枠組みの内側なのに、
    悪い個性は、個性とは認めない。

誰が、良い悪いを決めるのか。
それは、みんな、としか言いようがない。
    せっかく他人と違っている個性なのに、
    なぜ、みんなのふるいにかけるのか。

個性は尊重されるべきだが、
社会に優先するわけではない。
    協調性に反しない限りで、
    個人の個性が認められる。

逆からいえば、
協調性のない個性は、
反社会的な悪い個性である。
    そんなのは個性とは呼ばれない。


個性を伸ばす、個性を尊重する、
そんなフレーズで語られる個性とは、
他人に承認されるような優れた性質。
    つまり、「能力」のことである。

能力を伸ばす、能力を尊重する。
最初からそう言ってもらうほうが、
僕には分かりやすかった。
    真に受けてはいけない。

    他人と違うことが、
    他人から無批判に尊重されるなんてことは。



テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2016年05月26日 13:47 |
  2. 自分らしさ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:12

コメント

つまり、協調性のない個性は、反社会的な悪い個性、と青梗菜さんは、言われるが、自閉症スペクトラムは要は、協調性のない個性です。
自分に関心のあることは物凄いエネルギーをかけて調べるけど、関心のないことには全く話が向かない。従って、KYと呼ばれる。
しかし、こりゃ、脳の機能障害なんですから、治らない。
治らないものを治せとか、人と違って迷惑だから、施設に閉じ込めておけ、というのは違うと思います。
出来ないものはどうしても出来ないのであって、出来るところを伸ばせばいい。
障害学の分野では、今、施設から地域へということが盛んに唱えられています。
アスペルガー症候群、自閉症スペクトラムの人はしばしば、セイヨウキンモクセイに例えられます。
始めは雑草で見向きもされなかったけど、後になって、高い薬効が知られるようになった草ですね。
確かに、アスペルガーや自閉症スペクトラムの人には、私も含めて、反社会的な行動をとる人がいる事も事実です。
しかし多くは、生きづらさを抱え、それでも必死に生きている人が圧倒的ということも知っていただきたいのですよ。
  1. 2016/05/26(木) 20:41:15 |
  2. URL |
  3. oki #-
  4. [ 編集 ]

okiさん、こんにちは。

>つまり、協調性のない個性は、反社会的な悪い個性、と青梗菜さんは、言われるが、自閉症スペクトラムは要は、協調性のない個性です。
はい、協調性のない個性には、病名までつけられる。
>自分に関心のあることは物凄いエネルギーをかけて調べるけど、関心のないことには全く話が向かない。従って、KYと呼ばれる。
僕たちは、空気ばっかり読んでるからなぁ。

>逆からいえば、
>協調性のない個性は、
>反社会的な悪い個性である。
>    そんなのは個性とは呼ばれない。
さらに言えば、個性は反社会的、と短絡されるのではないかなぁ。
そんなふうにスキップさせるから、
空気ばっかり読むことになる。

>しかし多くは、生きづらさを抱え、それでも必死に生きている人が圧倒的ということも知っていただきたいのですよ。
そうだと思います。
個性は、苛立ちで、疎外感で、
面倒くさくて、不幸を見据えていて、屈託で、困惑です。
労働者と兵隊は、均質でないと使えない。
だから、個性は隠して生きる、それが矜持です。
慎み、ってやつです。
それなのに、個性を伸ばす、とか、
みんな違ってみんないい、とか言ってる。
断言してやるっ、いじめは絶対になくならない。
  1. 2016/05/26(木) 21:26:44 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

青梗菜さん、

「変態じゃないやつなんていない。」と僕はよく娘に言うのですけど、
ーー知るか~ーー
公共性ということですか?
ーー適当に書くな~ーー
m(__;m
  1. 2016/05/26(木) 21:38:12 |
  2. URL |
  3. くわがたお #-
  4. [ 編集 ]

okiさんが言ってることも青梗菜さんの言ってることと同義だと感じます。

つまり、サヴァン症候群だとかクリスタル・チルドレンだとか呼ばれる人達は飛び抜けた『能力』を保持しているのであって、
青梗菜さんが言った
「一般的に能力が個性だと認識される」ということと矛盾しません。

社会で協調性があると言われている人が
家庭では飲んだくれて怒鳴ったりする1面を持っているのとサヴァンは、理屈では変わらないです。

社会的に有益な個性は『能力』と言われ、
社会的に有益とは思えない個性は能力だと認識してもらえない。
その事実は自閉症スペクトラムにも適用になります♪
  1. 2016/05/26(木) 21:40:53 |
  2. URL |
  3. 小奈鳩ユウ #0TSJikig
  4. [ 編集 ]

がたおさん、こんにちは。

はい、知るかよっ、
適当に書くなよ~っ。

変態には、
すごく気持ち悪いやつに、すごく気持ち悪いことをされると、
すごく気持ちいい、そんな反転があると思います。
  1. 2016/05/26(木) 21:48:00 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

ユウさん、こんにちは。

うん、僕の文脈は、終始そっちだから。

でもなぁ、
>社会で協調性があると言われている人が
>家庭では飲んだくれて怒鳴ったりする
それを個性と、飲んだくれの側から主張されたら、
だめだなぁ、無理があるなぁw。
  1. 2016/05/26(木) 21:59:29 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

思い出すなあ、学芸大附属高校には、やはり、高機能自閉症の女性がいましてね、一目見ただけで異様、学校では一切口をきかない、教師とも口を聞かない、選択性緘黙と言うのですが、家では会話しているのでしょう、その人は、一浪して東大理科三類に入りましたが、どうしているか、おそらく自殺しているでしょう。
東大なんて、今でこそ、発達障害者への支援が整っているようですが、当時は何もなかったから、自殺とか、中退なんて当たり前でね。
因みに、自閉症スペクトラム、は病名ではないです。発達障害は病気ではないのは、薬では治療出来ないからなんですね。
別に死んでもいいと思います。
死は終わりではない、どこかに向かってのはじまり、出発、に思えます。死後の世界はもちろん分からない、あるともないとも言えない、当たり前。
パスカルの賭けじゃないけど、どちらかわからないなら有る方に賭けてみると。
  1. 2016/05/26(木) 22:10:18 |
  2. URL |
  3. oki #-
  4. [ 編集 ]

okiさん、こんにちは。

東大理科三類、ひぇ~、
しかし、なんでそんなにコミュニケーションが要求される道を。

>別に死んでもいいと思います。
もう少し、使い果たしてからね。
まだ書ける鉛筆だと思えばいいですよっ。
短くなったらもっと簡単に捨てられます。
>死は終わりではない、どこかに向かってのはじまり、出発、に思えます。
始まりでも、終わりでも、
どっちでも、いいですよっ。
>パスカルの賭けじゃないけど、どちらかわからないなら有る方に賭けてみると。
賭けなくてもいいですよっ。
賭けなくても、始まりか、終わりか、どっちかなのでしょう。
  1. 2016/05/26(木) 22:42:38 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

青梗菜さん、こんばんは!!^^

>個性を伸ばす、個性を尊重する、
>そんなフレーズで語られる個性とは、
>他人に承認されるような優れた性質。
>    つまり、「能力」のことである。
性質なのかな?性格じゃないのかな?性格だったら、ある性格を伸ばすというのはなんか変ですね。自分の個性は自分にしかわからないものなのではないか、などを妄想しました。m(__;m
  1. 2016/05/27(金) 23:31:03 |
  2. URL |
  3. くわがたお #-
  4. [ 編集 ]

がたおさん、こんにちは。

>性格だったら、ある性格を伸ばすというのはなんか変ですね。
そうそう、その変てこさは、
>悪い個性は、個性とは認めない。
ってのを補強します。

僕たちは、あまり考えないので、
伸ばしたいものを伸ばす、
尊重できるものを尊重する、
そんな意味のないことしか書けません。

>性質なのかな?
性質には、良い性質も、悪い性質も含みます。
だから伸ばせません。
>性格じゃないのかな?
性格には、良い性格も、悪い性格も含みます。
だから伸ばせません。

個性や独自性は、悪い要素が捨象されているので、
伸したり、尊重したりできるわけです。
悪い個性も、悪い独自性もあるのにね。
  1. 2016/05/28(土) 00:22:01 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

組織に階級性のある兵隊と労働者は特にそうなのでしょうが、
みんなが同じ考えを持ち、みなが同じ場面で笑い、悲しむ。
それがいわば基盤の安定した社会を作るのでしょう。
それは「パクスロマーナ」みたいな平和かもしれません。
だから、そのために「みんなのふるい」があるのでしょうか。

個性の尊重とは自由意思の尊重であり、
それは人間にとって一番望ましいのは間違いないことです。
がしかし、では個性がないといけないものかと言えば、
なんで個性というものを発揮しないといけないのか、
別にあえて個性を出さなくてもいいじゃないか、
みんなと同じで別にいいじゃないか、
という気楽な考えも出てきます。

本質的に自分の心や精神にみんなとは違う独自のものがあり、
それがおのずと個性となっているのであればいいのですが、
そうではなく、他者と違いたいがために、あえて違うものを探す。
たとえば世間にやたら反発したり、ルールをわざと無視したりして、
そうする精神や行動を無理して自分の個性に仕立てあげるというのも、
なんだかなあ、ずいぶん無理して生きてるなあ、と感じますね。
「こだわり」という指向も、無理をしている狭い思考じゃないですか。

いずれにせよ、どんな独自の個性でも、他者に迷惑が掛からないなら、
何をしようとかまわないし、そのほうが面白いだろうとは思いますが。
  1. 2016/05/28(土) 15:57:39 |
  2. URL |
  3. ☆バーソ☆ #IGPPA7yY
  4. [ 編集 ]

バーソさん、こんにちは。

>みんなが同じ考えを持ち、みなが同じ場面で笑い、悲しむ。
体育の時間、国語の時間、道徳の時間、
学校で教わったことは、みんなそうでした。
>がしかし、では個性がないといけないものかと言えば、
>なんで個性というものを発揮しないといけないのか、
>別にあえて個性を出さなくてもいいじゃないか、
>みんなと同じで別にいいじゃないか、
>という気楽な考えも出てきます。
そうそう、出そうと思っても出るものではないし、
同じような人の中に埋もれているほうが楽ちんです。
個性は、みんなと同じことをしているときに、
不意に現れて、自分を困惑させるもの。
自分でも持て余すような、面倒くさいものだと思います。

>本質的に自分の心や精神にみんなとは違う独自のものがあり、
>それがおのずと個性となっているのであればいいのですが、
>そうではなく、他者と違いたいがために、あえて違うものを探す。
>たとえば世間にやたら反発したり、ルールをわざと無視したりして、
>そうする精神や行動を無理して自分の個性に仕立てあげるというのも、
>なんだかなあ、ずいぶん無理して生きてるなあ、と感じますね。
僕は、あるなぁ、その傾向w。
なぜ世間には、こんなに同じような考えの人がたくさんいるのか不思議に思う。
考え始めると、他人と違ってくる。
中二病ですけど、もうこのまま子供でいいw。

個人の考えることなんて、正しいわけがないもの。
世間と違ってくるから。
考える人は、小さくて、弱くて、苦しい。
だから、愛情をもって大切にしてあげなきゃです。
  1. 2016/05/28(土) 19:20:33 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

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