馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

個性とか、独自性とか 7/8


純朴に考えて、
―― 純朴にしか考えられないくせに、
何を気取っているのだか。――
文章を読むときは、
他人の文章を読むことがそのほとんどだから、
読むことと、他人の文章は、
ほとんど同義になってくる。

        他人が書いたものを読むのがデフォだから、
        自分が書いたものを読むときも、
        同様に読むのがデフォになる。
        僕は、それ以外の読み方を知らないし、
        ブログなどというプラットフォームに乗せるのなら、
        メタに出て、読めるように修正しないと、
        自分でも何を書いているのか分からない。

        読み返せば、夜中に書いたラブレターのように、
        自分が書いたことさえ認める気になれないが。


こんなことを書くつもりが、
あったのか、なかったのか、
プラットフォームも、ラブレターも、
書いているうちに、書きながら、
成り行きで浮かんできた単語であり、
それでも、読み手が違和なく読めるのなら、
書き手と読み手には、共有している他者がいる。

        文章を書くことも、読むことも、
        その他者に思いを寄せることと、
        別のことではあり得ない。
        ―― そんなこと、思ってもなかったくせに。――
        文章は、その他者によって書かれ、
        その他者によって読まれる。
        ―― そんなこと、思ってもなかったくせに。――

書き始めれば、書かれた文章に導かれて、
魔法のように紡ぎ出されるのが文章だと思う。
夜中に書いたラブレターが、
自分が書いたことさえ認める気になれないのは、
朝になれば魔法が解けるから。
―― そんなこと、思ってもなかったくせに、
何をきれいにまとめようとしているのだか。――

        文章は、僕が思ってもみない嘘に、
        自らを投企しながら、
        それを結びにしようとしている。
        ―― そのとおり。
        嘘について語るときは、
        僕たちは正直にならなければならない。――
        この文章は、誰が書いたのだろう。

        ―― この文章は、誰が書いたのだろう、
        と書いた者は誰だろう。――



テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2016年05月24日 21:44 |
  2. 自分らしさ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

コメント

「メタ」を「正直に言う事である」と捉えると、
今まで書いてきた基底となっているものが嘘だっていう告白になってしまう。書くうえで、これは怖いことですな。
読み手が、このメタ部分を心地いいと感じるか、否かは、
自己の内面に「まなざし」を持つ他者を発見して、さらにそれを良しとするか否かに掛かっているような。

幻聴が囁く悪口のようなものを自己で拵えて
それを正直とする。これは精神の危機になるかと思いきや、そんなものに乗っ取られないという自負が「投企」の一語に確固としてある。
投企は、自らを擲つ覚悟が必要なのだっ。

自己承認は、メタの部分を許容して、「でも、それでも、ここに投企するのだ」という意識を持たなければ訪れることはないのだろうなあ。

  1. 2016/05/24(火) 23:43:05 |
  2. URL |
  3. 小奈鳩ユウ #.uPwujTU
  4. [ 編集 ]

ユウさん、こんにちは。

>「メタ」を「正直に言う事である」と捉えると、
>今まで書いてきた基底となっているものが嘘だっていう告白になってしまう。書くうえで、これは怖いことですな。
メタに立って、他者になったつもりで読むと、
自分に正直なバイアスと、世の中に沿うバイアスが同時にかかります。
自分はそんなふうに思う、でも、世の中は違うらしい。
自分が独自に思うことがない人、
あるいは、自分が思うことが世の中と足並みが揃っている人は、
迷うことなく、正しいことを書きますね。

>読み手が、このメタ部分を心地いいと感じるか、否かは、
>自己の内面に「まなざし」を持つ他者を発見して、さらにそれを良しとするか否かに掛かっているような。
誰からも認められるような文章は、書く意味がないし、
他者の中にすべて収まってしまう自分なら、
自分が自分である意味さえ怪しいw。
自分でなくても、いくらでも替えがきくよね。
立派な文章を書ける人は、いくらでもいるもの。

>投企は、自らを擲つ覚悟が必要なのだっ。
返り血では済まないようですなぁ。
>自己承認は、メタの部分を許容して、「でも、それでも、ここに投企するのだ」という意識を持たなければ訪れることはないのだろうなあ。
痛みが伴いますゆえ。
  1. 2016/05/26(木) 13:46:53 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

青梗菜さん、

コメントを書く前に書こうと思うことを箇条書きにした後、実際に書いたコメントが箇条書きとかけ離れているのが私は不思議だと思いました。なぜかけ離れるのでしょうか?m(__;m
  1. 2016/05/26(木) 21:26:14 |
  2. URL |
  3. くわがたお #-
  4. [ 編集 ]

がたおさん、こんにちは。

>書き始めれば、書かれた文章に導かれて、
>魔法のように紡ぎ出されるのが文章だと思う。

>この文章は、誰が書いたのだろう。
  1. 2016/05/26(木) 21:30:12 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

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