馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

個性とか、独自性とか 6/x


ラカンの『エクリ』の序文。

        言語において、
        私たちのメッセージは<他者>から私たち宛てに到来する。
        差出人と受取人が入れ替わって。

書く、ということは、
僕が、誰かに宛てて発信したメッセージを、
まず僕が読むけれど、
それは、他者からのメッセージとして読むことになる。


        個性を伸ばす、個性を尊重する、
        そんなもの謂いをする人は、おそらく、
        何を言っているのかが、
        自分でも分かっていない。

と書いたなら、
僕が、誰かに宛てて発信しようとしているメッセージを、
書きながらも、書いた直後にも、まず僕が読む。
他の誰かから、僕に送られたメッセージとして。


文章は、本来、他人のフレーズであり、
僕の文章は、多くの他人のフレーズの中から、
僕が選んで、加工したものに過ぎない。
僕の知らないフレーズが、
僕に思い浮かぶわけがないから。
僕は、日本語のテキストが堆積した、
分厚い層にアクセスして、
他人の文章を借りてくる。


        よくあるフレーズだから、
        安心して使っているだけで、
        言葉に意味など持たせてはいない。

そして、このセンテンスが、
僕に宛てられたメッセージとして僕に届けば、
僕の立ち位置は狭くなる。
よくあるフレーズによらなければ、
僕は文章を書けないから。


文章を書く、ということは、
他人の文章によって書くことからは出られない。
よくあるフレーズによらなければ、
文章は、僕にも、他人にも、読めたものではない。
もしも、僕の文章に個性や独自性があるのなら、
みんなと同じ方法で、
みんなと同じことをして、
みんなと同じにならなかったことにある。


それは、世の中から承認されることは少ないが、
しかし、承認されないから、承認を求めている。
みんなと同じなら、承認はいらない。



テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2016年05月23日 12:04 |
  2. 自分らしさ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

コメント

青梗菜さん、こんばんは!!^^

自分のブログに「写し」ってたまに書くのですが、たまにどこまでが写しなのかわからなくなったことがあります。^^;分解すれば(しなくても?)全部写しかもしれないと、御記事を読んでしばらくしてから思いました。m(__;m
  1. 2016/05/26(木) 21:06:48 |
  2. URL |
  3. くわがたお #-
  4. [ 編集 ]

がたおさん、こんにちは。

www、ぜんぶ写しですよっ。
がたおさんの知らないフレーズが、
がたおさんに浮かぶわけがありません。
  1. 2016/05/26(木) 21:29:29 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

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