馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

神の無理ゲー (。-`ω´-)ンー 1.b/x


人なんていないほうが、
地球にとっては、よかったのかもしれない、
僕たちは、そんな発想を持つようになった。
地球のことを考えて、のことだろう。
しかし、そんな視点は、僕の限界を越える。

それは、地球のことを考えて、ではない。
人にとって都合のいい環境を考えて、である。
地球のことを考える、なんてことは人には無理だ。
人に都合の悪い環境に向かうことを、
環境破壊と呼ぶ限りは。

人なんていないほうが、
地球にとっては、よかったのかもしれない、
そんな謙虚さよりも、
僕の限界を越えるものごとは、
僕には認識できない、

そんな謙虚さを選びたい。


完結したカントの威で、自らを誇るよりも、
馬鹿にされてもいいから、カントに沿ってみる。
哲学は、哲学する、という動詞にほかならない。

それも、カントが教えてくれた。



テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2016年03月24日 21:31 |
  2. | トラックバック:0
  3. | コメント:4

コメント

青梗菜さん、

地球上で最初の生き物?が生まれた(飛来説も?)しくみがわからないと神の非存在を証明できないかもと思いました。理由:しくみがわからないから。

地球や神はどうやって生計を立てているのでしょうか?(質問です。)テレビで観た限りたぶんウルトラマンは地球を、ではなく日本人?を助けに来ている。世界の終わりという言葉はたぶん、宇宙や地球の終わりでなくヒトの絶滅を指している。核戦争や隕石飛来による地球表面のマウマオーシャン化?が起きたくらいで地球?は無くならないだろう、とか妄想しました。m(__;m
  1. 2016/03/26(土) 13:33:18 |
  2. URL |
  3. くわがたお #-
  4. [ 編集 ]

まきがいさんの言う
自己保存と

がたおさんの言う
生物の発生、起源

バーソさんの言う
神と人の間に位置する天使の存在

この遡る感覚。
青梗菜さんが時間の現在を思考した後で
神へと思考を移したことは

時間とは、人という生命の起源と維持。そして、それへの神の介在はあるのか?
そこへ行き着くことを示唆しているのですな~。
人が発生する前に時間はあったのか?
ミトコンドリアは単独で観測者として有り得るか?

発生は必然か偶然か。何かが求めたからなのか。人が脊椎動物であることは必然なのか。ジュゴンも神に祈るのだろうか。

登場するものを減らして考えるのなら最後には
神と自分との一対一の対話になる。

それは自分との対話になるかと。
もし神について何かしらの考えが出てくるのなら
それは自分の中に神の欠片があるからだとも言える…かな?w

エントロピーの増大とは、崩壊なのだから
死へ向かうことこそが時間の流れであり、死が成ったなら時間は流れを止めるような…。
ただ、何をもってして『死』なのかは全く分からないですが(笑)

発生へと向かうことが不可逆だと感じるのなら、死への憧憬が神を思考させることを促すような気もしますが…

まずは、来週のお花見で頭がいっぱい♪
舞い散る花片の閃きに神を探して惚けるのです♪
  1. 2016/03/26(土) 15:24:36 |
  2. URL |
  3. 小奈鳩ユウ #0TSJikig
  4. [ 編集 ]

がたおさん、こんにちは。

証明できないことの多くは、反駁もできない。
存在も、非存在も。
たぶん、その証明方法の巧拙も。
仕組みが分かってないからね~。

>地球や神はどうやって生計を立てているのでしょうか?(質問です。)
地球の生きものは、光合成をするか、自分より弱い者を食ってます。
神は、生計を立てません。
あくびもしないし、うんちもしない。
つまり、寝たり、食ったり、スカートの中を覗いたりはしません。

>テレビで観た限りたぶんウルトラマンは地球を、ではなく日本人?を助けに来ている。
怪獣が、なぜか日本に集中して出現するからですっ。
  1. 2016/03/26(土) 22:34:36 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

ユウさん、こんにちは。

カントといえば、時間論。
ずっとカントの周辺をうろうろしてます。

>人が発生する前に時間はあったのか?
少なくとも、人にとっての時間はなかった。
だから、過去とか未来とか、長いとか短いとか、速いとか遅いとか、
前後も、後先も、古いも新しいもなかった。
時間を、時間に帰すような愚を犯す者がいなかった。

>もし神について何かしらの考えが出てくるのなら
>それは自分の中に神の欠片があるからだとも言える…かな?w
僕たちは、できることしかできませんからねっ。
神が、何をしたがっていて、
僕たちはそれにどう応えたらいいのか。
その問いの答えが、僕たちに理解可能なことがらになければ、
絶対に答は見つからないでしょう。
もちろん、神は、僕たちに理解不可能なことをしてもいいし、
してきたし、これからもして行くとして、
でも、僕たちにとっては、それはしても、しなくても、
ぜんぜん同じことなのです。
神について何かしらの考えが出てきて、
それが神の欠片でないとしたなら、
無理ゲーと言わざるを得ませんわ。

桜の樹の下には、
ぶさいくが埋まっている。
間違いないっw。
  1. 2016/03/26(土) 22:44:07 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

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