馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

みんなちがって、みんないい


小鳥とか、鈴とか、
そんな取るに足らない小さなものに、
自らを重ね合わせて、
みんないい、と肯定してみる、
そんな気持ち、だと思う。

「みんなちがって、みんないい」は、
蚊帳に放った蛍を眺める兄妹や、
聖堂で、犬に寄り添って眠る少年や、
マッチを売っていた少女と同じ構図の、
ささやかな自己承認、だと思う。

フェリーニの「道」のジェルソミーナは、
道端の石ころを、いい、と認めた。
そんな感受性を分かち合える他者がいなければ、
その感受性の持ち主は、
自らの感受性で自らを壊してしまうだろう。

だから、僕のねじくれ曲がった独り言も、
分かち合える人を探し始める。
どんなに肯定感にあふれた詩でも、
なけなしの自己肯定にしか思えない他者が、
僕のほかにもいるはずだ。

そんな他者を、僕は必要とする。
みんな違って、みんないいと言うために。


        私が両手をひろげても、
        お空はちっとも飛べないが、
        飛べる小鳥は私のやうに、
        地面(じべた)を速くは走れない。

        私がからだをゆすっても、
        きれいな音は出ないけど、
        あの鳴る鈴は私のやうに、
        たくさんな唄は知らないよ。

        鈴と、小鳥と、それから私、
        みんなちがって、みんないい。

        ―― 「私と小鳥と鈴と」/金子みすゞ



テーマ:自作詩 - ジャンル:小説・文学

  1. 2016年03月06日 21:23 |
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:22

コメント

つげ義春の『無能の人』は河原で河原の石を売ってたなあ。妻は、それを罵倒するw

自己承認は、
自分が価値があると思っているものを
他者が価値があると認めることで成立するのだとしたら
その価値があると思うものを自ら発信することが、まず第一にするべきことになる。

河原の石を拾って並べる。それだけで、その石は、他の河原の石とは違う価値が現れてくる。
デュシャンの便器と同様ですな。

承認とは、承認することを受容すること。
発信することは能動。
承認とは受動。

感受性は受動だから
自己の感受性が、自己の感受性でもって殺'されることもあるのか…なるほど…。

すると、最も平易で単一で純粋な自己承認は
「他者の否定」を発信することになるような……。
自らが他者を受容をしないことを
自らに受容する。
これには既にお医者が病名を付けていそうだなあw

  1. 2016/03/07(月) 00:06:52 |
  2. URL |
  3. 小奈鳩ユウ #0TSJikig
  4. [ 編集 ]

ユウさん、こんにちは。

>つげ義春の『無能の人』は河原で河原の石を売ってたなあ。妻は、それを罵倒するw
あ~あ、この1行だけで、すでに地下100mまで掘り下がってるw。
この1行だけをゆっくり掘り下げましょうか~♪
かみ合わない人との、どうしようもないかみ合わなさの理由は、
この1行に集約されそうです。

河原で河原の石を売る、
それって、僕のことなのですけどねw、
詩の解釈は、例えば、河原の石の集まりです。
僕が選んだ石は、他の凡庸な、有象無象の石ころとはわけが違う、
僕はそう思っています。
僕の石は、違和と対立に満ちた価値の結晶で、
僕には唯一無二の宝石に見えています。
僕は、そう発信しているわけです。
世の中の馬鹿者どもは、どうして同じ石に見えるのか、
どうしてこの違いが分からないのか、
と憂いながら、僕の解釈を高く買ってくれる人を探しています。

馬鹿者扱いされた世の中の人たちにしてみれば、
同じ石には見えていないし、違いも分かっています。
それでも、同じ河原の石ですから、違いはあっても、
どれも等しく無価値なのです。

デュシャンの便器は、展示されることによって価値が引き上がったわけで、
引き上がっているから展示されることになったのではありません。
価値があるからデュシャンに選ばれたわけではなく、
デュシャンが選んだから、価値が与えられました。
便器は、もともと芸術的には無価値ですが、
それでも、まだ便器としての有益性と、
インダストリアルデザインとしての商品性を備えています。

対して、詩なんてものは、その解釈なんてものは、
まるでどうでもいいことで、かみ合うわけがない問題で、
問題という以前に、誰も自分と同じ問題意識を持っていない問題です。
僕が提起したい問題について、誰も関心がないのなら、
問題になることさえありません。
それでも、提起し続けるのなら、
僕は、無能と罵倒されることを覚悟したほうがいいでしょう。
馬鹿者は、圧倒的に、僕のほうだと分かっていますが、
それでも、僕は、馬鹿の河原に降り立って、
石を選び続けることをやめないでしょう。
馬鹿の河原の点景になりたい!
  1. 2016/03/07(月) 20:44:19 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

小鳥も鈴も、
どちらもかわいいですから、そりゃ、いいでしょう、
と思いました。同じチームっていうか。
みんなが結構好きなものを選択してるから、ずるいです。
もっと、わかりづらいものも混ぜないと。
でも、わかりづらいものを書いたら、詩にならないですかね。

「そうだ。小鳥も鈴もちがっていて、
 みんないいんだ!それでいいんだ!」
という単純さが気持ち悪いですけど、
それで救われる人がいるなら、
この詩はあったほうがいいわけで、
この感じは宗教とか募金とかと一緒かな、と思いました。
  1. 2016/03/07(月) 22:33:41 |
  2. URL |
  3. プラトニックまいまい #-
  4. [ 編集 ]

まいまいさん、こんにちは。

>もっと、わかりづらいものも混ぜないと。
カモノハシとか、空気入れとか、
ダチョウとか、スティック糊とかw。

>それで救われる人がいるなら、
>この詩はあったほうがいいわけで、
>この感じは宗教とか募金とかと一緒かな、と思いました。
「みんなちがって、みんないい」を、みんなでいいと言うのなら、
みんな違っていないから、よくないことになるかもよっ。
  1. 2016/03/07(月) 23:09:47 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

あ、そうだ、
ところで、まいちゃん、
まきがいさんの鐘、
小さくてびっくりしたよww。
  1. 2016/03/08(火) 00:15:59 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

面白いなあ♪ まいまいさんの考え方。
青梗菜さんっ、金子みすゞについて思うところあったので再びコメントさせて下さいなっ。

>みんなが結構好きなものを選択してるから、ずるいです。

なるほど…鈴と小鳥が嫌いだという人は少ない。
金子みすゞは、鈴と小鳥に比べて劣等意識を持っていて、この詩で、同じチームにまで自分を引き上げた…とも読めますね。
自分を鈴と小鳥に並べて展示することをした。
これは、ナルシシズムでもあるのではないか?

泥団子と便所コオロギの列に自ら並んで展示されることは出来ないのか?
泥団子と便所コオロギに比べて優越意識を持って地べたを這うことは出来ないのか?
金子みすゞが側にいないので、
私がちょっとやってみました。



私が壁に向かって飛び跳ねても
身体が少し痛いだけ
激突死する便所コオロギは私のやうに、
力の加減が出来ないよ。

私の身体をキツク掴んでも、
滅多なことじゃ崩れない
ぐちゃぐちゃになる泥団子は私のやうに、
やめてと叫んだり出来ないよ。

泥団子と、便所コオロギと、それから私、
みんなちがって、みんなクズ。



う~む……児童雑誌には掲載されないなあ(笑)
金子みすゞの旦那は、ろくでなしだそうで、そのことをこの詩に照らし合わせると
手前味噌になるけれど、これが金子みすゞの等身大の詩ではないか…とも感じる。等身大を隠そうとするのは、ずるいかも知れない。

児童に夢を見させるふりで、自分に夢を見させていた金子みすゞ。
ずるく悲しくもキレイな詩を書く詩人。

  1. 2016/03/08(火) 00:23:48 |
  2. URL |
  3. 小奈鳩ユウ #0TSJikig
  4. [ 編集 ]

そうか~、やっと分かった、
無力だ、
小さくて、無力なんだわ。
ユウさん、続きは明日♪
  1. 2016/03/08(火) 00:46:44 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

私も、わかりづらいものの例を何かあげようと思って、
「塩」「じゅうたん」を思いついたんですけど、
小鳥と、鈴と、塩と、じゅうたん、 
って並べてみても、あれ。意外と、みんないい。

小鳥と、鈴と、便所コウロギ、それから私。
不穏だ。不穏な詩だ。
しかも、激突死するんだ。なんてことだ。
ユウさん、ありがとうございます。
青梗菜さん、スティック糊ぐらいでは甘いですよ。
スティック糊は、ぜんぜんかわいいですよ。

金子みすゞに対しては、
「ぶりっ子してんじゃないよ」って思ったんですよね。
でも、夢見るチカラがない人には、
いい詩なんて書けないんでしょうね。

どこか優れているところがないと、
「いい」ってならないんですかね。
私はあなたより速く走れる、たくさん唄を知っている、
だから、いい。ってことは、
結局、勝ち負けの話をしてるように感じます。
勝てることがないと、価値ないよ、っていう、
おそろしい詩に思えてきました。

まきがいさんの鐘は、直径10cmくらいの「りん」。
衝撃でしたよね!!チーン!
  1. 2016/03/08(火) 01:43:32 |
  2. URL |
  3. プラトニックまいまい #-
  4. [ 編集 ]

青梗菜さん、こんにちは!!^^

>小鳥とか、鈴とか、
種が違うからなあ、ヒトとは。^^;

>鈴と、小鳥と、それから私、
>みんなちがって、みんないい。
この2行が余計じゃねと感じました。m(__;m
  1. 2016/03/08(火) 15:03:34 |
  2. URL |
  3. くわがたお #-
  4. [ 編集 ]

ユウさん、こんにちは。

>金子みすゞは、鈴と小鳥に比べて劣等意識を持っていて、この詩で、同じチームにまで自分を引き上げた…とも読めますね。
>自分を鈴と小鳥に並べて展示することをした。
>これは、ナルシシズムでもあるのではないか?
金子みすゞは、そこまで自分を落とした。
鈴や小鳥がライバルになってるもんな。
ふつうは、人は、そんな小さなものと自分を比べない。
落ちた位置で、鈴と小鳥を認めて、
ついでに自分も、いいと認めた。
そう捉えると、つらい詩だなぁ。

>金子みすゞの旦那は、ろくでなしだそうで、そのことをこの詩に照らし合わせると
>手前味噌になるけれど、これが金子みすゞの等身大の詩ではないか…とも感じる。
泥団子と便所コオロギは、汚いとか、怖いとか、
人を不快にさせるような力を持っている。
鈴と小鳥は、その意味でも無力なんだわ。
鈴と、小鳥と、金子みすゞは、
みんなちがって、みんなよくて、
でも、みんなぜんぜん無力。
かわいい、というのは、
無力を下敷きにしているのかもしれない。

「火垂るの墓」も「フランダースの犬」も、
「マッチ売りの少女」も「道」も、みんな無力の物語で、
ずるくて、悲しくて、そして、きれいな物語。
これらの物語は、すべて、
同じ暗号表を使って書かれているっ。
  1. 2016/03/08(火) 18:46:38 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

まいまいさん、こんにちは。

>小鳥と、鈴と、塩と、じゅうたん、
>って並べてみても、あれ。意外と、みんないい。
そんなことを言うなら、カモノハシも、空気入れも、
ダチョウも、スティック糊も、ぜんぜんいいぞw。

>どこか優れているところがないと、
>「いい」ってならないんですかね。
優れてないと「いい」って評価はもらえないなぁ。
「みんなちがって、そんなもんだ」、
「みんなちがって、それがどうした」、
どうせなら、そんなふうに、すっとぼけてほしい。
「いい」を使いたいのなら、
「ちがってても、同じでも、どうでもいい」、
そんなのでお願いしたいですわ。

まきがいさんは、青梗菜さんの鐘の音が高らかに、とか、
まいまいさんが鐘を打ったから、とかって書いてたよなぁ。
教会の、ゴロ~ン、ガラ~ン、
あるいは、お寺の、ご~ん、
ついつい、そんな立派な鐘を想像して、勝手に恐縮してましたよ。
でも、チーンでした~w。
「はい、おしまい」ってときの音ですよね、あの音はw。
  1. 2016/03/08(火) 18:48:30 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

青梗菜さん、こんにちは!!^^

>>小鳥とか、鈴とか、
>種が違うからなあ、ヒトとは。^^;
そうそう、小鳥をひとまとめにしてますもんね~。
ってことは、それぞれの小鳥の個性について、
どうこう言いうような文脈ではない。
種が違うそれぞれを、違うと言ってるだけで、
例えば、小鳥と小鳥と小鳥については、
みんな一緒に見ている詩です。
  1. 2016/03/08(火) 18:51:23 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

あ~あ、自分に「さん」をつけて、
あいさつをしてるよ~。

これは古くからある病名だな。
  1. 2016/03/08(火) 20:01:43 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

おっちょこ病とかあわてん病とかへろへろ病?私はたまによくやるけど、青梗菜さんのは初めて見たよ。フフフ。m(__;m
  1. 2016/03/08(火) 21:19:51 |
  2. URL |
  3. くわがたお #-
  4. [ 編集 ]

へへへw。

で、「敏いとうとハッピー&ブルー」の、
誰が敏いとうさんで、
誰がハッピーさんで、誰がブルーさんで、
残りの3人は誰なのか、早く教えて。
  1. 2016/03/08(火) 21:29:42 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

>ずるくて、悲しくて、そして、きれいな物語。
これらの物語は、すべて、
同じ暗号表を使って書かれているっ。

ぐはっ…υ
自作小説『夢の卵』でやっちまったでやんす~w
しかも無意識にw

新約聖書なのか?
私の頭に新約聖書が刷り込まれているのか?
ああ、イエス、お前の『無力』という激烈な力のせいなのか?
  1. 2016/03/09(水) 08:06:21 |
  2. URL |
  3. 小奈鳩ユウ #0TSJikig
  4. [ 編集 ]

コメント欄が、なんか掲示板みたくなってる^^。

肉体反射的に決まる感情刺激表現って、ありますね。
ここつけば、泣くとか、怒るとか。

ただ、そこをあからさまに狙ったり、
巧妙に狙いを隠そうとしてる意図さえ見えてしまっていたりってなっちゃうと、
萎えてしまう。

ただ、肉体は正直に反射しますからね。
僕は蚊帳を想像するだけで、うるっとくる感じするし。

かみさんの立て直す前の実家のお風呂場に、
3、4匹のカマドウマが居て卒倒しそうになったことがあるので、
単語でさえ、使いようがありますから。

って、なぜここでおいらの可愛いリンの話が~~^^。
でも、リンの音、好きなんですよ。
液体の入った大きめのグラスの淵を指で擦った音とか。
チベタリアンシンギングボウルの音ダウンロードして、
聴きながら寝ることもあるし。
仏壇とは関係なく、音が~~。
好きなんだ~~~~~。

僕も何か狙ってるんだな、これは。深層自己分析的すると。



  1. 2016/03/09(水) 21:35:40 |
  2. URL |
  3. 海底まきがい #-
  4. [ 編集 ]

ユウさん、こんにちは。

無力、つまり、自力での救済のすべがない。
自己が棄てられるときに、神を要請する。
身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ。
でも、くやしいな。
きれいな物語に仕立てるのは、なんだかずるい。
ずるいけど、やってしまうw。

「雉も鳴かずば撃たれまい」って話で、
千代は何日も泣き続け、やがてある日、泣くのをやめると、
それからは一言も口をきかなくなった。
うまく言えないけど、その気持ちは分かる。
「火垂るの墓」も「フランダースの犬」も、
「マッチ売りの少女」も「道」も、
遺された者がいない話です。
僕たちが、遺族になりましょう。
  1. 2016/03/10(木) 11:34:11 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

まきがいさい、こんにちは。

>コメント欄が、なんか掲示板みたくなってる^^。
すばらしいっ。
>肉体反射的に決まる感情刺激表現って、ありますね。
>ここつけば、泣くとか、怒るとか。
あるある、小学生のときのけんかなんか、ぜんぶそれだったw。
すぐに言葉の限界がきて、泣きながら怒るw。
>ただ、そこをあからさまに狙ったり、
>巧妙に狙いを隠そうとしてる意図さえ見えてしまっていたりってなっちゃうと、
>萎えてしまう。
パラメータが引き渡されているから、慣れっこの、よく通る道です。
その道への接続がわざとらしいと、しらけますね~。
>僕は蚊帳を想像するだけで、うるっとくる感じするし。
あのささやかな幸福は、僕の言葉の限界です。

>かみさんの立て直す前の実家のお風呂場に、
>3、4匹のカマドウマが居て卒倒しそうになったことがあるので、
はい、カマドウマは、プリミティブに怖い。

>って、なぜここでおいらの可愛いリンの話が~~^^。
>でも、リンの音、好きなんですよ。
音叉のAも好きだって言ってたし。
好きなコードなら分かるけど、
好きな周波数ってなぁw。
  1. 2016/03/10(木) 11:34:48 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

あ~あ、
>まきがいさい、こんにちは。

落ち着け、おれ。
  1. 2016/03/10(木) 12:29:09 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

あああ、最後の、的、カットで。
為した行動を確認しないから、
同じ過ちを犯すのだ、俺^^。

  1. 2016/03/10(木) 20:26:33 |
  2. URL |
  3. 海底まきがい #-
  4. [ 編集 ]

気がつかない幸せより、
気がついて、ちょっと不幸になることを選ぼう。

というか、落ち着こうw。
  1. 2016/03/10(木) 20:41:30 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

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