馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

詩論 (`ω´)キリッ 7/7


詩をロゴス
―― 意味や論理とするのなら、
うっかり口に出してしまえば、
他人に笑われそうな痴(し)れ事を、
考えることだと思っている。

詩をパトス
―― 感情や情熱とするのなら、
炎天下では帽子を、
北風に吹かれながら上着を、
脱ぎ捨てることだと思っている。

詩をエートス
―― 慣習や持続的習性とするのなら、
詩を書く意味はないと思っている。
詩には詩らしさはいらない。
詩は、らしさに抗うことだと思っている。

散文では表わせない思いがあるから、
書き手は詩によって書く。
使い古された表現では、
うまく捉えられない感情が、
書き手を詩に向かわせる。

標準や、典型や、固定観念に、
納まってしまいたくない感情が、
書き手に詩を作らせる。
だから、もっともらしさや、
それらしさはいらない。

世間的な、一般的な、常識的な人たちに、
決めつけられることに反発しないのなら、
それは、世間的に、一般的に、常識的に、
すでに詩になって認められている感情であり、
今さら詩を借りて問うこともない。

詩は、詩らしさが詩であることへの、
反発を隠し持っている。



テーマ:自作詩 - ジャンル:小説・文学

  1. 2016年01月24日 20:07 |
  2. 詩論
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:14

コメント

図書館から本を借りてくるのが日課になって、
最近借りたルーミー関連の本は、殆ど買ってきたばかりのように、
まっさら、つまり、誰にもまだ読まれていないなぁという感じです。
もう、恐らく僕は本を買わないでしょう。
買っていたら、とても間に合わないし、
図書館の存在の不思議さに、目覚めてしまったというしかありません。ネット上の情報の存在のしかたに、似ています。

本を読むたびに、
何故お前はわからんのだ、お前、何のために生きているのだと、
厳しく追い詰められます。
アートへのアプローチは、
世界をどこまで壊すのか。どこを壊すのか。どうやって。
逆に、ありのままを、創造できるのか。

カミナリのようなものかなぁ。
  1. 2016/01/24(日) 22:21:25 |
  2. URL |
  3. 海底まきがい #-
  4. [ 編集 ]

まきがいさん、こんにちは。

ルーミー?
高橋留(ry、ではないなw。
>何故お前はわからんのだ、お前、何のために生きているのだと、
いやいや、そこまで自分を責めなくてもw。
ここはひとつ、ニーチェに混ぜ返してもらいましょう。

Wer sich selbst verachtet, achtet sich doch immer noch dabei als Verächter.
自分自身を軽蔑する者も、やはり常にその際なお軽蔑者として自分を尊敬する。
―― フリードリヒ・ニーチェ
  1. 2016/01/24(日) 22:37:02 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

> 詩は、詩らしさが詩であることへの、
> 反発を隠し持っている。
なるほど、隠し持っているのですね。
子供の頃、大久保彦左衛門の講談が好きでした。
たとえば旗本以下の御輿が禁止されたときは
わざと大きなたらいに乗って登城したとか、
その反骨精神にかなりの共感を感じたものです。
定まっていることをただなぞるだけなら、
それは標準典型固定なる観念の平々凡々な生き方。
絵画のキュビズムや俵万智の口語短歌は、
そうした“らしさ”に抗う意識から発しているのでしょうか。
ロゴスとパトスには意義があり、意味が深そうですが、
人間は習慣の奴隷になりやすい動物であることを考えると、
“機械的な真似”の心的態度に気をつけるべきなのでしょうか。
ああ、心的態度なんていう言葉、初めて使いましたが、
これは受動的真似のようです。(笑)
  1. 2016/01/25(月) 11:00:32 |
  2. URL |
  3. ☆バーソ☆ #IGPPA7yY
  4. [ 編集 ]

バーソさん、こんにちは。

大久保彦左衛門?
蜷川新右衛(ry、ではないよな~w。

>なるほど、隠し持っているのですね。
隠れているのがいいですね~。
まったくオリジナルの詩のかたち、
なんてのは、詩らしくない詩ではなくて、
きっと詩とは別の何かですから。

同様に、壊す、ってことも、
まずは、世間的、一般的、常識的な人にならないと、
何をどう壊せばいいのか分からないと思うのです。
何を破壊するのかでいうと、
世の中の側を破壊するのではなくて、
そんなことはできなくて、
いったん作り上げた世間的、一般的、常識的な自分を破壊するのだと思います。
詩を破壊するためには、
破壊されるべき詩を自ら作らなければならなくて、
既成概念をぶち壊せ~っ、とか言って、
最初から壊れたものを示されても、だめなのですね~。
  1. 2016/01/25(月) 14:25:16 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

青梗菜さん、こんにちは!!^^

>詩は、詩らしさが詩であることへの、
>反発を隠し持っている。
おお。なんかわからないけど、かっこいいっ!!^^;これなら、趣味は俳句(散文詩じゃないけど)ですと周りに告白できそうですが、できぬ。m(__;m
  1. 2016/01/25(月) 14:36:28 |
  2. URL |
  3. くわがたお #-
  4. [ 編集 ]

がたおさん、こんにちは。

>おお。なんかわからないけど、かっこいいっ!!^^;
詩は、なんかわからないけど、かっこいいものである。
そして、なんかわからないから、かっこいいものである。
  1. 2016/01/25(月) 14:53:31 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

おおお。^^
  1. 2016/01/25(月) 14:58:55 |
  2. URL |
  3. くわがたお #-
  4. [ 編集 ]

(`ω´)キリッ
  1. 2016/01/25(月) 15:10:10 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

哲学者が詩論を書くのは、詩というものが単なる伝達手段ではないようだと感じているから。そして、思考を巡らせ書かれた詩論はカッコいい♪

しかし、これは怖いことですよw

詩論は詩を論ずるわけで…自ら詩を書くものが詩論を展開する場合、それが自らの詩へと還元することが必然で、それが大前提としてないなら詩論を展開することはカッコ悪いと考えます♪

小説サイトなどで、専門用語を駆使したカッコいい詩論を展開し、また自らも詩を書いている人をたまに見掛けますが……そういう人が書いている詩をいくつか読むと自らの詩論に追い付いていない…と感じることがほとんどです。

少々、強く言わせてもらえるならば……
そういうタイプの人は、
哲学者ではあっても
詩人ではないな…
という。
意味と理論を操る術に優れているものが、夢幻への憧れを語り、また夢幻を創ることに憧れるような。

詩が詩であることは、読み手に掛かっている。
ですが、詩を書き、さらに詩論を書いた者は、
自らの詩に対して、自らが読み手としてあるのだと
外部に高らかに宣言したことになる。

詩論を書いた者が要求されるのは、
帽子や上着を脱ぐだけじゃ済まないですよ~♪
炎天下に不特定多数を着込め!
氷点下に骨肉を脱ぎ棄てろ!
などと言われかねない。
もっとも、そこまで熱い詩書きも皆無でしょうけど(苦笑)

詩論を展開し、さらに詩を書くことは、
自らの首を絞める行為、首を吊る行為。

反発する対象から自分を除外してはならない。

首を吊ったままで詩を書けるかどうか。

自分が首を吊っていると認識しながらも
首を吊ったままで詩を書けないのなら
それは
詩人じゃない。

詩論を展開する詩書きの殆どが
首を吊った自分の存在という認識を無視している。

これより後、
青梗菜さんが詩を書こうと思うとき
最大の反発者であり
最悪の読み手は
青梗菜さん自身なのだと
宣言した。
このシリーズ、私は、そのように受け取りましたよ~♪
  1. 2016/01/28(木) 23:02:44 |
  2. URL |
  3. 小奈鳩ユウ #0TSJikig
  4. [ 編集 ]

ユウさん、こんにちは。

>しかし、これは怖いことですよw
承知してますよ~♪
だから、詩論なんて怖いことは、
避けてきたのですよ~。
>自ら詩を書くものが詩論を展開する場合、それが自らの詩へと還元することが必然で、
うん、しばらくは何も書けないぞ~w。

詩論のパターンのひとつは、他人の評価に乗っかること。
金子みすゞとか、相田みつをとか、
すでに完結したような評価に、もたれ掛かかってほめることで、
ついでに自分をほめてしまう。
宮澤賢治もそんな感じ、予定調和に固まってますわ。
それで、傷も痛みも伴いません。

>詩が詩であることは、読み手に掛かっている。
>ですが、詩を書き、さらに詩論を書いた者は、
>自らの詩に対して、自らが読み手としてあるのだと
>外部に高らかに宣言したことになる。
僕は、血だらけで痛いんだわ~w。
そして、詩になれ、詩になれと願いながら、
詩論を書いてました。
自分の書いたものは、すべて詩になれ、
それが詩人の詩論ってものです。
詩が成立したか、しなかったかは知ったことではないけれど。

>首を吊ったままで詩を書けるかどうか。
自分には、その能力がある、
その思い込みが大切で、
思い込まないとそこには行けません。
その前に、どこに行こうとしているのか、
それを決めないと、10年も20年も同じような詩を書くことになる。
行けるかどうかは、知ったことではないけれど♪
  1. 2016/01/29(金) 11:27:15 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

>詩が成立したか、しなかったかは知ったことではないけれど。

>>首を吊ったままで詩を書けるかどうか。
自分には、その能力がある、

>行けるかどうかは、知ったことではないけれど♪

上記に関して私も同意見です。私の書きたい『詩』を好き勝手やって、あとは知らないw
他者にとって『詩』が成立したかどうかは知らんぷり。
だけど、
『自分は首を吊ったまま書ける』という自負もあるから、その自負に引っ張られて評価も求めている。

しかし現状としては
自らの『詩』が
他者が持つ『詩』から外れて行くことは、
自らの『詩』を『詩』としては殺'すことになる。
殺'された『詩』は、こう評価される。

「こんなの『詩』じゃない!」

でも『詩』の原野が示す その果ては、捉えることが出来ないと考えるっ。キリッ!
捉えることが出来たという者がいるならば
こう吐き捨てたい。

「そんなの『詩』じゃない!」w

『詩』の原野にさまよい
果てに向かって
自分ならば行けると思い込んで
弱い歩みを進める。
首を吊るための樹とロープと共に。
ただ、それしかないっ♪

いやはや、詩に対する温度が上がって来ますな~♪ う~む、書きたくなりますな~w 訳の解らん『私の詩』を(笑)
  1. 2016/01/29(金) 21:13:40 |
  2. URL |
  3. 小奈鳩ユウ #0TSJikig
  4. [ 編集 ]

ユウさん、こんにちは。

>『自分は首を吊ったまま書ける』という自負もあるから、その自負に引っ張られて評価も求めている。
理解も共感もされないで、
詩と呼んでももらえず、
のたれ死にするような詩なら、
望むところぢゃないですかっ!
と言いつつも、こっそりと小規模に、
共感と評価を得たいなぁw。

月も星もないところ、
花も咲かないし、鳥も鳴かない、
こんなところに詩なんて隠れてないと、
見過ごされるところにロープを掛けて、
嬉しいも悲しいも、
好きも嫌いも、なんにも言わずに、
詩を立ち上げたいわ~。
そんなのは、詩とは呼ばれないけれど。

高野文子が「黄色い本」で、
ジャック・チボーを引いてたよ。
「褒められたら怒れ、喜んだら恥じろ」
誰かにほめられるなんて、御免だわw。
  1. 2016/01/29(金) 22:44:58 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

うわーっ、なんとなんと。面白い。
二人ともボルテージと語彙がすごい。
この続き、もっとやってくれー、
と拙に思うのでありますが。

> 首を吊るための樹とロープと共に。
おお。
> 誰かにほめられるなんて、御免だわw。
おお。
と、ここで合いの手の拍手をしておきますからね~。(^^)/~~~
  1. 2016/01/30(土) 13:59:16 |
  2. URL |
  3. ☆バーソ☆ #IGPPA7yY
  4. [ 編集 ]

バーソさん、こんにちは。

ユウさんは、伝え方が巧いからなぁ。
これくらいのことを書いておけば、
僕には伝わるということも見越してのコメントですねw。

>この続き、もっとやってくれー、
>と拙に思うのでありますが。
わははw、
おかげで、しばらくは詩に軸足が置けなくなりました。
もちろん、自業自得ですが。
>と、ここで合いの手の拍手をしておきますからね~。(^^)/~~~
んなこと言ってないで、助けてやってくださいよ~w。

次は、あまり何も言ってないような、薄味の記事にします。
箸休めです。
  1. 2016/01/30(土) 20:43:22 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

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