馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

詩論 (`ω´)キリッ 5/x


どんな言葉も、必ず背景を背負っていて、
読み手の心に抽象的な空間を描き出す。
詩は、言葉を重ね合わせることで、
その読み手を抽象的な空間に連れ出そうとする。

詩は、相対的に短い文章で構成される。
情報が少ないほうが、読み手は文章に拘束されない。
読み手は自由に感じ取ることができ、
抽象度を上げたままで読むことができる。

逆説的だが、抽象度が高くなれば、
その分、読み手の情報は多くなる。
言い換えれば、見える情報が少ないほうが、
見えない情報をたくさん保持し続ける。

詩がアクセスを仕掛けるのは、
潜在的な情報であり、
それは抽象的な空間に潜む、
見えない世界に思うことである。

詩に仮託して、見えない世界と交信する。
詩は、見えない世界にある認識の共有である。



テーマ:自作詩 - ジャンル:小説・文学

  1. 2016年01月23日 11:17 |
  2. 詩論
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6

コメント

> どんな言葉も、必ず背景を背負っていて、
流行語大賞や懐メロの歌詞を思い出します。
話題にはなったが、浅い言葉もけっこうあります。
どうってことのない言葉なのに涙が出る場合もあります。

> 詩は、相対的に短い文章で構成される。
情報が少ないほうが、読み手は自由に感じ取ることができる。
なるほど、そうであれば俳句が短い文章で構成された、
ことばの芸術である、詩も同様であることがよくわかります。
言葉数が多いほど、イメージが限定されるわけですから。

でも小説は比喩や形容の言葉が面白いという一面がありますね。
そうしたレトリックを楽しむというのも読書の楽しみでしょう。
そうした仕掛けを一切なくした究極の文章が電報文ですかね。
でも「チチキトクスグカエレ」といった文章は、
関係者にはいろいろな思いや思い出が付随していそうです。

> 詩は、見えない世界にある認識の共有である。
見えない世界との思考なり感情の疎通を楽しむのが詩、ですか。
そうであれば、
詩とは、深く考えながら読むものである。
いや、詩とは感じながら読むものでしょうか。

作者と読者の認識の共有は、なかなか難しそうですね。
  1. 2016/01/23(土) 22:22:49 |
  2. URL |
  3. ☆バーソ☆ #IGPPA7yY
  4. [ 編集 ]

バーソさん、こんにちは。

でね、バーソさん、
    この子だけでも乗せてくれっ、
    なんて言われて、うっかり赤ん坊を乗せてしまって、
    それ以来、人間は正しさが分からなくなってしまった。
ってコメントでね、
バーソさんと僕の抽象空間は、
ぴったり重なったと思いますよ~。
たった3行で。
それを、どんなに簡単に分かりやすく書いても、
浮かばないものは浮かばない。
流れてくるモーセの映像も、たぶん同じですわw。

アダムの子、カイン、アベル、セツと、
ノアの子、セム、ハム、ヤペテの3人が対応していて、
カインもやらかしてしまったけど、
ハムもやってしまいます。
そのあたりまで連想が行くのも同じです。
もう、書かなくてもいいくらいに。

>作者と読者の認識の共有は、なかなか難しそうですね。
こんなに簡単に伝わるのに?
あるいは、一生かかっても無理かもしれない!
  1. 2016/01/23(土) 23:06:20 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

>詩に仮託して、見えない世界と交信する。
詩は、見えない世界にある認識の共有である。

これはユングのいう集合的無意識とも一致するかなあ。と、なると詩とは夢のようなもの。夢に現れる事柄は象徴としてある。その事柄の象徴を言葉にすることはシャーマンだの神託だの…ヘタすると預言者の域であるとも言える。
シャーマンが見えないものと繋がり、人々にその事柄を伝えるとき、その言葉にメロディーが附随しているという事実が詩の発祥を思わせますな~♪

とは、いえ……

青い空
白い雲
私は私

なんてこと言ってる言葉の並びも詩だと認識してしまいますよw
私はw

  1. 2016/01/24(日) 12:41:00 |
  2. URL |
  3. 小奈鳩ユウ #0TSJikig
  4. [ 編集 ]

ユウさん、こんにちは。

日本語は、メロディが苦手なので、
詩を輸入したときに散逸してしまったのではないかな~。
リズムは7音、5音っていう、音数の形式に翻訳されたのでしょう。

>青い空
>白い雲
>私は私
こんなのは、詩ぢゃないっ、
と言いたいところですが、
詩ぢゃないっ、と言うその時点で、僕も詩と認めていますw。
ものごとの多くは、世の中が強制的に切り分けの手段を与えていて、
この文字列は、僕も詩に分節させられています。

でも、ユウさんには、
    青いパンツ
    白いパンツ
    私のパンツ
そんなのさえ詩でしょう?w

僕が書かなくても、
空は青くて、雲は白くて、花は美しくて、
そこには、あらかじめ詩がありそうです。
パンツにだって、青も白も花柄もあって、
そこには詩があってもいいのですけどね。
それを詩と呼ばない人は、
空や雲や花を相手にやっていれば、
誰もが詩と認め、誰からも反論を食らうことはありません。
誰からも認められるようなことを、
詩として書く意味があるのかどうかは別として。

標準や、典型や、固定観念に、
納まってしまいたくない感情が、
書き手に詩を作らせるのではないかな~。
よくある詩論は、
音感、韻律、抑揚、語感なんて要素を挙げるけど、
そのもの言いが、標準に納まってしまっていることに、
気づいているのかなぁ。
  1. 2016/01/24(日) 14:11:07 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

青梗菜さん、こんにちは!!^^

>詩は、言葉を重ね合わせることで、
>その読み手を抽象的な空間に連れ出そうとする。
主語は「詩」であって、「作者」ではないというところになんか共感できる気がしたのでございます。度合いが、小説と詩とで違うのでは、なんて感じました。(プロは違うのだろうなあ?)言葉を作ることができればいいのですが。m(__;m
  1. 2016/01/25(月) 13:41:00 |
  2. URL |
  3. くわがたお #-
  4. [ 編集 ]

がたおさん、こんにちは。

>主語は「詩」であって、「作者」ではないというところになんか共感できる気がしたのでございます。
作者の手の届かないところに、行ってしまうのですよ~。
せっかく作ったのになぁ。
  1. 2016/01/25(月) 14:51:22 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

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