馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

詩論 (`ω´)キリッ 4/x


たとえ具体的な空間の、
具体的な出来事についての記述でも、
もしそれが詩であるのなら、
そこ書かれているのは、
抽象的な空間の出来事である。

書き手が誘う抽象的な空間は、
心に浮かぶ人には浮かび、
浮かばない人には浮かばないが、
どちらも、それで良くも悪くもない。
誰が悪いわけでもない。

もとより、詩によらなければ、
表現できないものごとは、
容易に分かり合えるものではない。
誰にでも分かることではない。
分かり難くても、それはそれで仕方がない。

詩は、当りまえの表現では現れない空間を、
開き出す試みである。



テーマ:自作詩 - ジャンル:小説・文学

  1. 2016年01月19日 23:03 |
  2. 詩論
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6

コメント

青梗菜さん、おはようございます!!^^

>たとえ具体的な空間の、
>具体的な出来事についての記述でも、
>もしそれが詩であるのなら、
>そこ書かれているのは、
>抽象的な空間の出来事である。
私の、いまのすべては過去のすべて(写し)、ということもあるからではと感じました。m(__;m 
  1. 2016/01/21(木) 09:31:41 |
  2. URL |
  3. くわがたお #-
  4. [ 編集 ]

がたおさん、こんにちは。

>>もしそれが詩であるのなら、
>>そこ書かれているのは、
>>抽象的な空間の出来事である。
>私の、いまのすべては過去のすべて(写し)、ということもあるからではと感じました。m(__;m
夕方のテレビのアニメ、新刊が待ち遠しいコミック、
夏休みに読んだ文庫落ちの小説、ラジオから聞こえる流行りの歌、
終電が出たあとで観たちょっと前の映画、
そんなこんなから詩を切り分けてきて、
まとまりにすることが詩の抽象化、
つまり、詩らしさ、です。
ものごとの多くは、世の中が強制的に切り分けの手段を与えるから、
抽象化もよく似たものになります。
しかし、よく似たものを書いても、詩は二度と生まれません。
詩にとって最も邪魔になるものは、
よくある詩らしさ、使い古された詩的な表現です。
  1. 2016/01/21(木) 19:58:51 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

(`ω´)キリッ なんて書かれた記事本文を見ると、
とりわけ小奈鳩さんとのやり取りを見ると、
次元が違いすぎて、幼稚園と大学院ぐらいのレベル差を感じます。
当方、哲学にも文学にも詩にもまるで縁がない人間なので、
コメントを書こうと思えど書きにくし、なのですが、
やっと自分にも分かる言葉が出てきました。
> よくある詩らしさ、使い古された詩的な表現です。
こういう詩を書いている詩ブログは、読む気がしません。
やはり面白い言い回しが大事です。
> 夏休みに読んだ文庫落ちの小説
> 終電が出たあとで観たちょっと前の映画
> そんなこんなから
なんて言い回し、うまいもんですね。
詩とは、
新しい言い回しを発明するか、発見するか、
古いことばと別のことばをを組み合わせるか。
その捜索、いや、創作がコツなんでしょう。
やはり感性ですね。
キリッとまでは到底いきませんが、感想です。
  1. 2016/01/22(金) 11:03:03 |
  2. URL |
  3. ☆バーソ☆ #IGPPA7yY
  4. [ 編集 ]

バーソさん、こんにちは。

>>よくある詩らしさ、使い古された詩的な表現です。
>こういう詩を書いている詩ブログは、読む気がしません。
ですよね~!
そんなことにも気づいていないのかなぁ、
よくある詩ブログは。

ぶっちゃけると、僕が書いてるものは詩ではなくて、
文章フェチの、なんちゃって詩なので、
    たとえ~でも、
    もし~なら、
逆説と順接の仮定表現を切り結んで、
センテンスを作ってみたり、
    了解、織り込む、
    空間、開き出す、
漢語と和語の組み合わせ方とか、
    浮かぶ人には浮かび、
    浮かばない人には浮かばない、
    良くも悪くも、
    誰が悪いわけでも、
そんな韻律の作り方とかで、詩に誘うわけです。
小技の積み重ねで、意識しないうちに、
なんとなく詩のような気がしてもらえれば、
それは、書き手の意図するところ。

拍数でリズムを作れば、パトスもロゴスもなくても、
詩になるよなぁ、って開き直りはあります。

    古池や蛙飛びこむ水の音

    An old silent pond・・・
    A frog jumps into the pond, splash!
    Silence again.

    古くて静かな池に、
    蛙が水をはねて飛び込めば、
    再びの静けさ。

パトスもロゴスもいらない、
って、芭蕉も言ってる気がするw。
  1. 2016/01/22(金) 12:52:30 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

書いてしまったらもう相手に任せるしかないのだけど、
かすかに、もしかしたらわかってもらえるんじゃないかなぁという期待が捨て切れません。普通の会話でも、捨てきれない。
通常は、その僅かに残っている共通点を拾いあうしかないと思うのだけど、それでも、読み取るのはとても難しい。
その辺りの微妙な垣根を取っ払うのが、
芸だと思います。
言葉も普通は垣根の一種で、
そこの垣根を壊すのが、詩というアートだと思います。
とても難しいテーマで、
きりっと考がえるしか、ありません。

  1. 2016/01/22(金) 22:28:17 |
  2. URL |
  3. 海底まきがい #-
  4. [ 編集 ]

まきがいさん、こんにちは。

>かすかに、もしかしたらわかってもらえるんじゃないかなぁという期待が捨て切れません。普通の会話でも、捨てきれない。
まきがいさんも、自分の思いを、
分かり難い言葉で表わしますよねぇw。
分かり難くても書いてしまう人は、
当りまえの表現で表わせないことを書いている、
ってことで、伝わらなくても仕方がないなぁ。
共感が得られても、伝え難いし、確かめ難いし。

芸、っていいなぁ。
芸に仮託して、芸以上のことまで伝えてしまう。
芸を借りて、芸以外のことも語ってる。
詩人は、言葉の芸人でなければならない、
文章の職人でなければならない、そこからですわ。
  1. 2016/01/23(土) 11:15:17 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック URL
http://qinggengcai.blog2.fc2.com/tb.php/1051-658bcb8a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)