馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

ラカン 9/xx ―― 愛とは、持っていないものを与えることである


        愛とは、持っていないものを与えることである。
        ―― ジャック・ラカン

        私は、私があなたに贈るものを拒絶してくれるようあなたに頼む。
        なぜならそれではないのだから。
        ―― ジャック・ラカン



「お~い磯野、野球しようぜ」

中島は、名詞「野球」に、
「する」をくっつけて、動詞を作った。
サ変動詞の多くは、
名詞に「する」がついた複合語である。
もともと、この国になかったことを、
無理に動詞にするときは、どうしてもこうなる。


        語幹の「野球」に、
        「メール」と「恋」と「愛」を代入してみよう。

        野球しようぜ、
        メールしようぜ、
        恋しようぜ、
        愛しようぜ ―― とは言わない。
        なにをしていいのか分からない。


野球をしている、
メールをしている、
恋をしている、
愛をしている ―― とは言わない。
なにをしているのか分からない。

きっと、僕だけではなく、
みんなも分かっていないのだろう。


        「愛をする」ときに、
        僕たちは、端的な表現を持っていない。

        持っていないものを与える口語表現は、
        「愛してる」の一択になる。
        少しも変えてはいけない。
        「愛をしてる」では成り立たないし、
        「愛している」でも微妙に逸れる危うさがある。


僕たちは、「愛してる」、
そんな端折り気味の、定型表現を模倣する。
しかし、伝えたい言葉は、
きっとこんな言葉ではない。

「愛してる」、この言葉に嘘はない。
しかし、なんて平板な台詞だろう。
なんて嘘くさいのだろう。


        失笑を買うことを覚悟しないのなら、
        僕たちは正直ではいられない。
        言葉は虚構性を免れ得ない。
        虚構性を拒否すれば、
        言葉は信じてもらえない。

        僕たちは、互いに分かり合える世界の中にいて、
        それゆえに、分かり合えないことも知っている。


ほかに知らないから、
「愛してる」を贈る。

誰の心も、自分なりの論理を持っている。
それは翻訳が可能とは限らないが、
もしも、分かり合えたなら、
贈った言葉を拒絶してくれるように頼む。
この台詞に抵抗感がない人は、

おそらく、誠実ではない。



テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2015年12月03日 19:34 |
  2. 恋愛
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:10

コメント

「愛してる」の言葉が持つあれこれを、
その人なりに葛藤して、抵抗を乗り越えて、
それでも、勇気を出して言った「愛してる」だったら、
届くと思います。
素直に感動します。
歴史に刻まれます。

軽かったらバレますからね~。
それだったら、言わない方がいいですけど、
愛してるんだったら、「愛してる」って言わなきゃ、
やっぱり伝わらないんじゃないか、と思いました。
なかなか、そんな大きな言葉に、
責任持てませんけどね。
でも、愛していたら、
言いたくなるものなんじゃないかしら。
言われたいものなんじゃないかしら。
  1. 2015/12/03(木) 23:06:23 |
  2. URL |
  3. プラトニックまいまい #-
  4. [ 編集 ]

まいまいさん、こんにちは。

うん、人によるよね~、またしても。
その人の「愛してる」が、
そのキャラの誠実さを表わしていれば、
もうそれでいいのですけど。
屈託キャラとしては、「愛してる」はこんな感じですw。
日本人的には、あいさつみたいに言うものではないなぁ。
しかし、それもキャラだけどw。

ハンバーガーにも、loveを使えるなんて、
英語がうらやましいよ~。
I'm lovin' it!
  1. 2015/12/03(木) 23:23:51 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

青梗菜さん、こんばんは!!^^

>野球をしている、
>メールをしている、
>恋をしている、
>愛をしている ―― とは言わない。
>なにをしているのか分からない。
恋:昔のことだからか、その場で私は恋をしていると思ったことがあるか、覚えてないっす。恋という言葉の意味を知らなかったのでしょうか?
愛:動詞?にはならない感じが確かにあるような。あいまいだからでしょうか?

>失笑を買うことを覚悟しないのなら、
>僕たちは正直ではいられない。
意味が取りづらくて、^^;「僕が正直でいられるなら、失笑を買うことを覚悟する。」と書き直して再読してみた。僕に対して僕が正直でいたいという意味なら、わかる気がしたのでございます。

>言葉は虚構性を免れ得ない。
事件は文章中で起きてるんじゃない、現場で起きてるんだ!(大部分、写し)みたいな意味でしょうか?m(__;m
  1. 2015/12/03(木) 23:41:00 |
  2. URL |
  3. くわがたお #-
  4. [ 編集 ]

がたおさん、こんにちは。

>愛:動詞?にはならない感じが確かにあるような。あいまいだからでしょうか?
「愛する」は、サ行変格活用なんですけど、
実は、五段活用っぽく活用するんだわw。
はい、ちょっといんちきが入ってます、
すみませんっww。

>失笑を買うことを覚悟しないのなら、
>僕たちは正直ではいられない。
>言葉は虚構性を免れ得ない。
>虚構性を拒否すれば、
>言葉は信じてもらえない。
ここはね、意味が取れるかどうかはさておいて、
かっこよさを優先して書いてみましたw。
はい、ちょっといんちきが入ってます、
すみませんっww。
  1. 2015/12/04(金) 01:22:29 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

>おそらく、誠実ではない

人間は飽きる動物ですから、その欲求が満たされれば
必ず次なるものを求めます。
恋で言えば、一生同じ人を同じエネルギーで
愛し続けらるためには
苦悩しながらも拒絶され続けるしかない。
(それでも諦めてすぐ次々いっちゃうひともいますが)
この矛盾する感情がテーマになった文芸作品は、
古今東西腐るほどありますが
世間に言う純愛の括りに入ってます。
何が誠実かは人それぞれかな?。
  1. 2015/12/05(土) 07:20:38 |
  2. URL |
  3. 愚 #rvEUJfPY
  4. [ 編集 ]

愚さん、こんにちは。

なにが誠実かは人それぞれで、
では、なにが誠実でないかも人それぞれなのに、
誠実ではない、と言い切ってしまう~w。
ここは、ふつうは言い切らないところです。
断定すると、読み手が反論に駆り立てられます。

>恋で言えば、一生同じ人を同じエネルギーで
>愛し続けらるためには
>苦悩しながらも拒絶され続けるしかない。
なるほど~、
拒絶されるから、接近を試みます。
月は、僕たちの手が届かない場所にあることを示しながら、
僕たちを照らしている。
他者の内側なんて、僕には分かるようにできていないのに、
僕に思いを寄せてくれる他者がいる。
心細さが、たまらないなぁw。

コメントありがとうございますっ。
  1. 2015/12/05(土) 12:53:52 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

「おーい、礒野、野球しようぜ」は
もう愛なのではないか?

中島は相手を決めて、自らと同一の行為をすることを礒野に促している。
中島がする野球への誘いは、それではないのだからw

礒野が野球への誘いに乗らず、
「いや、今日は河原へ行こう」
などと言えば中島の本心が分かる。

中島が「あー、いいぜ。行こう、行こう」と答えれば愛。
中島が「野球しないならまたな~」と答えて去って行けば野球の人数合わせだったのだ。

思春期の友情は恋愛に似ている…とか何とか言ってた作家は誰だったかな~。
いつでもうろ覚えですw

  1. 2015/12/05(土) 18:55:55 |
  2. URL |
  3. 小奈鳩ユウ #0TSJikig
  4. [ 編集 ]

ユウさん、こんにちは。

>「おーい、礒野、野球しようぜ」は
>もう愛なのではないか?
わははw、たしかにw。
うん、揃ってる!
愛とは、(中島が、まだ)持っていない(野球という)ものを与えることである

>中島がする野球への誘いは、それではないのだからw
なるほど~、愛し合ってるなぁ。

>「いや、今日は河原へ行こう」
私は、私があなたに贈る(野球という)ものを拒絶してくれるようあなたに頼む。
>中島が「あー、いいぜ。行こう、行こう」と答えれば愛。

>思春期の友情は恋愛に似ている…とか何とか言ってた作家は誰だったかな~。
河原に誘われるのか~、
やっと二人きりになれるよなぁ。
「おーい、磯野、キスしようぜ♪」
  1. 2015/12/05(土) 20:32:39 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

> 「おーい、礒野、野球しようぜ」は
> もう愛なのではないか?
おー、すごい。この言葉に、愛を見つけてる。
しかし、だったら、
「おーい、礒野」で、もう愛だ。
「おーい」だけでも、愛だ。おお。
ならば、
すべて、会話とは愛である。
口は愛を発するツールである。
耳は愛を受け取るツールである。
人間は愛を交流する生き物である。
んー、いいなあ。
性善説の極みになってきた。
だがしかし、
口から出て来るものが人を汚す、
とも言われていましたね~。
  1. 2015/12/05(土) 22:13:59 |
  2. URL |
  3. ☆バーソ☆ #IGPPA7yY
  4. [ 編集 ]

バーソさん、こんにちは。

>「おーい、礒野」で、もう愛だ。
>「おーい」だけでも、愛だ。おお。
ww、ですよね~w。
僕たちは、すでに、中島と磯野の間に、
愛を見つけているから、
どんな会話も愛になってしまいますわ~w。

>すべて、会話とは愛である。
うん、会話を成り立たせようとするだけで、
いくばくかの愛があります。
答えやすい質問をするとかね~。
しかし、おうむ返しみたいに、
そっくりそのまま返すのは愛がない。
つまり、

愛とは、持っていない(答という)ものを与えることである。
私は、私があなたに贈る(答という)ものを拒絶してくれるようあなたに頼む。
なぜならそれではないのだから。
  1. 2015/12/05(土) 22:36:32 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

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