馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

ラカン 5/5 ―― 愛とは、持っていないものを与えることである


        愛とは、持っていないものを与えることである。
        ―― ジャック・ラカン

        私は、私があなたに贈るものを拒絶してくれるようあなたに頼む。
        なぜならそれではないのだから。
        ―― ジャック・ラカン



テクストは、そのまま読めばいい。
単純な僕なら、そのまま単純に読めばいい。
底意も、秘密も、なにもない。
どのみち、たいして意味のある言表ではない。

振り出しに戻って、
世界でいちばん簡単なラカンを示そう。



    彼女は、桃の木を見つけた。

    彼女は、桃が欲しくなった。
    彼女は、自分では桃をもぎ取らない、
    という条件つきで桃を欲しがる。
    ―― つまり、与えてほしい。

    彼女は、彼に告げる。
    「桃の木があるよ」
    ―― 彼女は、彼が彼女に桃を与えてくれることを予期して、
    彼に桃を与える。

        愛とは、(彼女が)持っていないものを(彼に)与えることである。


    彼女は、彼に桃を与えて、
    しかし、心の中では、
    彼が受け取らないことを彼に頼んでいる。
    彼女が望んでいることはそれではない。

        私があなたに贈るものを拒絶してくれるようあなたに頼む。
        なぜならそれではないのだから。



愛という感情を、
彼からもらいたいときは、
レヴィ=ストロースのせちがらい贈与など、
軽々と超えるものであってほしい。

彼から桃を手渡された彼女は、
彼女が欲しかったものは、
桃ではなくて、なんでもよくて、
なにかではなくて、ただ単に彼からなにかを、

与えてほしかったことに気づくだろう。



高い場所に実をつけた
桃に手が届くように
君を抱き上げることさえ
思いつきもしなかった

独り占めすればいいのに
地面に足をつけた君は
一緒に食べようと笑うから
桃はもっともっと甘く香る
―― 『桃』/槇原敬之


        最良のラカン読解法とは、
        ラカンの読書法をみずから実践すること、
        すなわちラカンとともに
        他者のテクストを読むことではなかろうか。
        ―― 『ラカンはこう読め!』/スラヴォイ・ジジェク



        single 『Home Sweet Home』
        槇原敬之 作詞、作曲/2001、Warner Music Japan



テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2015年11月21日 12:14 |
  2. 恋愛
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:12

コメント

桃の喩えはうまいですね~♪

でも私なら
彼と彼女に飢えや渇きがあることを書いておかないと納得出来ないかなw

なぜなら桃を宝石に置き換えた場合もなりたってしまう読み解き方だから。
「あそこにジュエリーショップがあるよ」
あ、宝石に対する精神的な飢えや渇きの場合もあるか…。

桃をもぐ時に消費されるのは彼のエネルギー。
宝石なら代価を稼ぐために大量のエネルギーが消費されているはず(「彼」が消費して代価を得たとは限定されない)

私のなかで、与えると贈るが似ているようで違うってことか…。
「与える」というとそこに飢えや渇きがあるような…。
「贈る」は生きるには余剰なもののような…。更なる潤いだとは思うけど。
何となくそんな感じを私は持っているな~(笑)

  1. 2015/11/21(土) 13:03:06 |
  2. URL |
  3. 小奈鳩ユウ #0TSJikig
  4. [ 編集 ]

ユウさん、こんにちは。

あ~あ、今回も、きれいにまとめてしまったw。
>「あそこにジュエリーショップがあるよ」
こらこら、ロマンチストにリアルな話を振るのはやめなさいっ!w

オー・ヘンリーの「賢者の贈り物」だなぁ。
懐中時計をつるす鎖、髪を飾るべっこうの櫛、
彼/彼女が欲しかったものは、
それらではなくて、なんでもよくて、なにかではなくて、
彼女/彼からなにかを、与えられること。
そのなにかは、かたちがないから愛と名づける。

>「あそこにジュエリーショップがあるよ」
僕が、避けたかったのは、負債。
贈与には、反対給付がついてまわるから、
贈与とは、負債を贈ることなのです。
負債で世の中を回すのが、
モース~レヴィ=ストロースの贈与論。

リアルな話は、「竹取物語」だなぁ。
彼女が欲しかったものは、龍の首の珠。
これくらいの難題に応えてくれた者なら、
負債の感覚だけでも嫁ぐことができる。

言葉の感じでいうと、
負債を押しつけないのが、与える、かな。

女子の感想が聞きたい!
男の考えることって、
ほとんどファンタジーですわw。
  1. 2015/11/21(土) 14:31:41 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

青梗菜さん、こんばんは!!^^

忘れないうちに書きたいので書いちゃいますが、いつも思慮深いコメ返をありがとうございます。m(__)m(理由:前々回送信してしまった私のコメントを思い出してちょっと反省した為。)

なんで哲学では(?)「テクスト」と言うのかな?「文章」との違いがわからぬす。^^;

文脈絡を調べずに書くのはあれですが、、
>なぜならそれではないのだから。
の、それが何を指すのかわからぬす。

>「桃の木があるよ」
このセリフは嫌いじゃないっす。^^デモ、ムカツク。m(__;m、、、というコメントをまた、送信するのでございます。

  1. 2015/11/21(土) 21:13:29 |
  2. URL |
  3. くわがたお #-
  4. [ 編集 ]

がたおさん、こんにちは。

>忘れないうちに書きたいので書いちゃいますが、
それって、書かなくても、
いきなり本題に入ったほうが忘れないと思う。

>(理由:前々回送信してしまった私のコメントを思い出してちょっと反省した為。)
(ry

>なんで哲学では(?)「テクスト」と言うのかな?「文章」との違いがわからぬす。^^;
えぇと、かっこいいから、です。
それと、テクストが零度では洒落になるのですが、
文章が零度では意味が通じないという、込み入った事情があります。

>>なぜならそれではないのだから。
>の、それが何を指すのかわからぬす。
「それ」は、「私があなたに贈るもの」、
「彼が桃を独り占めすること」です。

>「桃の木があるよ」
「はい、どうぞ。あげるよ」
ここで、彼は、
彼が彼女に贈るものを、拒絶してくれるよう彼女に頼みます。
「一緒に食べよっ」
  1. 2015/11/21(土) 22:08:20 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

>えぇと、かっこいいから、です。
わかったのかわかんないのかわかんないけど、わかった、すごくw。

>それと、テクストが零度では洒落になるのですが、
>文章が零度では意味が通じないという、込み入った事情があります。
どーゆう意味?(質問ではありません。)
  1. 2015/11/21(土) 22:35:28 |
  2. URL |
  3. くわがたお #-
  4. [ 編集 ]

がたおさん、こんにちは。

「零度のエクリチュール」、
または、「エクリチュールの零度」って本があって、
エクリチュールとは、書き言葉、書かれたもの。

エクリチュールの零度とは、書き手の主観を欠いた文章。
    そこには底意も秘密も何もない。
    非情なエクリチュールと言っていいかも知れない。
    ―― 「エクリチュールの零度」/ロラン・バルト

というわけで、1/xの結びは、
>冷たい僕に読まれるテクストは、
>零度である。

>どーゆう意味?(質問ではありません。)
いやいや、質問ですやん。
  1. 2015/11/21(土) 22:54:29 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

桃の比喩はよく考えたなあと思い、
感銘を、ええと、少し以上受けました。
が、ここで私の単純なる頭で思ったことは、
こんな女は好きではないなあということです。
もっと素直で、かわいい顔の女のほうがいいなあ。
「ねえ、あの桃、とって」
「あ、いいよ」(桃をとって彼女に手渡す)
というようなシンプルな会話か、
あるいは、
「あ、桃よ」
「お」(すぐ桃をとって黙って彼女に手渡す)
のほうが愛情が自然に素直に出ていませんかね。
(ここで皮をきれいにむいて渡すのは駄目。気持ち悪い)

後者の場合は、以心伝心とか、阿吽の呼吸とか、
息ぴったりとか、気心が知れている、と昔から言います。
小津安二郎監督の映画に出てくる夫婦がそんなイメージかな。
ほとんど観たことがないですが。

要は、恋愛中の男と女に、操りとか駆け引きといった思惑、
すなわち魚心あれば水心というような思いが混入した時点で、
水の中には少し濁りが出てきたような気がふと、しましたが、
どうでしょう。

 「哲学とは、
  容易なことを用意執桃に言うことである」と見つけたり。
 
  1. 2015/11/23(月) 09:47:49 |
  2. URL |
  3. ☆バーソ☆ #IGPPA7yY
  4. [ 編集 ]

バーソさん、こんにちは。

感銘は、僕も。
バーソさんの記事の、
  もし、大切なことは、
  自己犠牲、無私、利他主義だけであるとしたら、
  君は《欲望》をどのように説明しますか。
についてのコメ返し。

世の中には当りまえのことが多いから、
考えていても、いなくても、
見掛けはたいして変わらないと思うのです。
でも、考えている人には、
相手が考えている人であることが分かる、
そんな返しでしたよっ♪

>「ねえ、あの桃、とって」
と言われたら、僕なら、
「助走をつけて、跳んでみようか?」
「誰が?」
ってなるなぁw。
>「あ、桃よ」
「うん、おれにも桃に見えるわ」
ってなるw。
これ、僕としゃべったことのある女子なら、
めちゃめちゃ分かると思います。
みんな半笑いで怒ってますからw。

いま、考えているのは、ストックフレーズ。
ある言葉を選ぶと、最後までまとめて出力されるような言い回し。
本に書いてあることや、
他人の言葉を繰り返しているだけに聞こえるフレーズ。
哲学用語による記述なんてのは、
まず意図的に文体で読み手を選別して、
ストックフレーズで回せば、実は、思考なんていらない。
「はいはい、あんたに教えてもらわなくても、みんな知ってると思うよ」
ってなる。
そして、哲学とは、
「ところで、おめぇはどんな立場から、そんな偉そうなもの言いをするんだ?」
って所感に見つかります。
  1. 2015/11/23(月) 12:01:25 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

そうですね。
与えてほしいなぁ。
ちゃんと受け止めてくれる男だなぁ、と思います。

>「うん、おれにも桃に見えるわ」
これ、やばいですね!
すべてを破壊しますね。
その場の雰囲気も、彼女の想いも。
彼女は恥ずかしい思いをさせられるので、
怒るでしょうね~。
  1. 2015/11/23(月) 17:11:51 |
  2. URL |
  3. プラトニックまいまい #-
  4. [ 編集 ]

まいまいさん、こんにちは。

>ちゃんと受け止めてくれる男だなぁ、と思います。
ですよねぇ。
走って跳ぶところを眺めてる男より、
与えてほしいですよね~。
僕だって、分かってるはずなのにw。

>これ、やばいですね!
>すべてを破壊しますね。
>その場の雰囲気も、彼女の想いも。
やっぱり怒りますよね~w。

僕の場合は、
怒るのを知っていて、それをやってしまうので、
いや、もうね~、嘘やなくて、ほんまにやってまうので、
ますます、怒らせてしまうようです。

ねぇ、まいまいさん、
僕はどうすればいいのでしょうか?w
  1. 2015/11/23(月) 20:13:16 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

>青梗菜さん☆

な、な、な、
なんというたちの悪さ!!
目的がわからん!!

道楽の一種でしょうなぁ。
  1. 2015/11/23(月) 21:19:14 |
  2. URL |
  3. プラトニックまいまい #-
  4. [ 編集 ]

まいまいさん、こんにちは。

う~ん、たちが悪いよなぁw、
与えたいものは、それではないのですけどね~。

愛とは、(僕が、本来)持っていない(たちの悪い)ものを(彼女に)与えることである。

私があなたに贈る(たちの悪い)ものを拒絶してくれるようあなたに頼む。
なぜならそれではないのだから。
  1. 2015/11/23(月) 21:31:45 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

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