馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

ラカン 4/x ―― 愛とは、持っていないものを与えることである


        L'amour, c'est donner ce qu'on n'a pas
        ―― Jacques Lacan, Le Séminaire livre V Les formations de l'inconscient 1957-1958
        愛とは、持っていないものを与えることである
        ―― ジャック・ラカン、セミネール第5巻

        Je te demande de me refuser ce que je t'offre parce que : c'est pas ça
        ―― Jacques Lacan, Le Séminaire livre XIX …ou pire 1971-1972
        私は、私があなたに贈るものを拒絶してくれるようあなたに頼む
        なぜならそれではないのだから
        ―― ジャック・ラカン、セミネール第19巻


ラカンらしい、謎めいた言い回しだ。
この言表の謎を解く鍵は、
ラカンが持っている、とは限らない。
鍵は、ラカンとともに読む、
他者のテクストの中にある。


        最良のラカン読解法とは、
        ラカンの読書法をみずから実践すること、
        すなわちラカンとともに
        他者のテクストを読むことではなかろうか。
        ―― 『ラカンはこう読め!』/スラヴォイ・ジジェク


50年代の終わりで、
「贈る」といえば、レヴィ=ストロース。
55年『悲しき熱帯』、58年『構造人類学』、
鍵は、きっと、
レヴィ=ストロースが持っている。


        パートナーたちは、自分が贈った相手からは返礼を受け取らず、
        自分が贈られた相手には返礼をしない。
        あるパートナーに贈り、別のパートナーから受け取るのである。
        これは相互性のサイクルであるが、一つの方向に流れている。
        ―― 『構造人類学』/レヴィ=ストロース


「自分が贈った相手からは返礼を受け取らず」は、
「私があなたに贈るものを拒絶して」に、
「あるパートナーに贈り、別のパートナーから受け取る」は、
「持っていないものを与える」に、
それぞれ対応させてみようか。


ラカンの二つの言表を、
レヴィ=ストロースっぽく説明しよう、
と思ったけれど、結論まで見えているから、
もう、おもしろくない。
このアイデアは、捨てよう。

また、振り出しに戻そう。



        『構造人類学』/クロード・レヴィ=ストロース 著、
          荒川幾男ほか 訳、1972、みすず書房



テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2015年11月20日 19:52 |
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  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

コメント

全然記事の内容とは関係ないんですが、
フランス語って、発音するとなんか呪文みたいだと思う。
拙い知識でカタカナにすると、
ラモ、セ ドネ ス コン ナパ
これが、
愛とは、それは与える、持ってないものを ってことになるのかな。
鼻母音とか、Rの発音とか、面白いんですよね。
そういったものは、音読すると意味わかんなくても脳が揺れると思うんですよ。
何語を母国語として持つかという問題は、
その人の考え方に非常に重要な影響があるのは、疑い様が無いことだと思います。
ロシア語なんかも、僕は全然わからないけど面白いそうですね。
最近ニュースを賑わすアラビア文字なんて、
僕にはなんか絵文字の羅列にしか見えないし。
神の口から子音が暗号のように羅列されて世界が創造されるみたいな考え方も、とても素敵なことだと僕は思うな。
日本語も、いいと思うんだけど、センテンスに含められる情報量が少ない。
くどくど言わないと、真意を伝えにくい。
外国語人は、ちょっといらいらするでしょう。恐らく。
僕達は、あうんの呼吸で省略しちゃうし、ますますわからなくなるでしょうね。
日本語文章は、刈り込み方に色んな創意工夫があるけど、
結局いかに刈り込むかというその方向で、日本人の美意識が出来上がっている気もするし。
  1. 2015/11/20(金) 21:17:32 |
  2. URL |
  3. 海底まきがい #-
  4. [ 編集 ]

まきがいさん、こんにちは。

フランス語って、風邪っぽいかな。
鼻も咽も、調子がよくない。
こぉ~、くぅ~、かぁ~、
エド・はるみの、ぐ~っ、みたいなやつな~。
>ラモ、セ ドネ ス コン ナパ
ww、スペイン語っぽいw、
赤紙粘土、白紙粘土、コモエスタ、デル、コラソ~ン♪

外国人は、日本語の、くどくど、いらいら、ますます、
途中に乱入してくるオノマトペのリフが気になるみたいですよ♪

>ラカンが持っている、とは限らない。
日本語は、肯定文を作って、否定にひっくり返すから、
もたもたしますね。
僕は、オノマトペを使わないのですよ~。
形容詞も、ほとんど使わない。
それだけで、文章が涼しくなります。
コメント欄では使うから、
少しだけ、温度を上げてるなぁ。
  1. 2015/11/20(金) 22:31:00 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

本文のほうは相変わらず難しい。
もう少しよく考えなければいけない。
しかし、
考えても考えても言葉が出ない場合がある。
ないものは出ない。
ないものは与えることができない。
そう、
コメントとは、持ってないものを与えることである。
とまあ、今更感(イマサラカン)もあるが、
アッケラカンに、あえて言ってしまうのであった。

オノマトペと形容詞をほとんど使わない。
おおそうか。世の中には面白いひとがいる。
だから、その代わりに難しい熟語を使うのか。
自分で勝手に自分に制限を掛け、
それゆえ文章が難解になっているのか。
だから、哲学的なアトモスフィアが漂っているのか。
あるいは、そういうふうに見せかけているのか。
であれば、なにゆえ、そういうふうにしているのか。
その意図は何か。
涼しいのが好きなのか。
ということは、相当、精神的な体温が熱いのか。
それはホットな良い精神性を持っているということか。
とまあ、勝手に推論し、ほっとするのでありました。^^;
  1. 2015/11/21(土) 21:07:33 |
  2. URL |
  3. ☆バーソ☆ #IGPPA7yY
  4. [ 編集 ]

バーソさん、こんにちは。

>そう、
>コメントとは、持ってないものを与えることである。
>とまあ、今更感(イマサラカン)もあるが、
>アッケラカンに、あえて言ってしまうのであった。
あ~あ~w、
でも、これはユウさんが悪いな。
バーソさんは、期待に応えてしまう人だw。

>自分で勝手に自分に制限を掛け、
>それゆえ文章が難解になっているのか。
わははw、
>あるいは、そういうふうに見せかけているのか。
わははw、この頃、そのあたりを見透かされてるw。

>その意図は何か。
>涼しいのが好きなのか。
>ということは、相当、精神的な体温が熱いのか。
>それはホットな良い精神性を持っているということか。
>とまあ、勝手に推論し、ほっとするのでありました。^^;
なんという強引なずらし方、
そこまでして、無理くり駄洒落に持っていくのか~。
ハレルヤっ!
  1. 2015/11/21(土) 22:04:13 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

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