馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

愛、って言うな 2/x


とにかく、愛、って言葉が多すぎる。
混同される概念に、恋愛、があるから、
恋愛に関することがらを、
ふるいにかけてみよう。
ふるい落とされた残りに、
愛が見つかることを期待して。



        恋愛の対象は、誰でもいいわけではないが、
        その人でなければならないわけでもない。
        相手は、替えがきかないわけではない。
        つまり、恋愛の対象は交換が可能だ。
        では、少なくとも、恋の始まりにおいては、
        恋は、まだ恋ではない。

        恋愛は、目的合理性から、間主体性への移行である。
        目的合理性の関係では、
        恋する者が、対象に一方的に働きかける。
        主体から客体への、片方向の関係が目指しているのは、
        その関係を終わらせることだ。
        目指すのは、主体と主体の、双方向の関係になる。

        恋愛は、複数の主観に、
        共通に恋が成り立つことを企図する。
        その前提として、共同体が構成されなければならない。
        自己が主体であると同時に、
        他者も主体であることを保証するのが、
        間主体性の概念である。

        そんな恋愛のかたちは、当然のことではない。
        恋愛は、中世に発明された形式だ。
        明治の家父長制のシステムのもとでは、
        女性は、男性の「家」から求婚され、
        それに従わざるを得ないような、片方向の関係にあった。
        そして、システムは、目的合理性の謂いになる。

        現在でも、システムのロジックは強い。
        競争や、効率や、合理性や、有意義さ、
        そんなのが、権力や貨幣や世情に乗って、
        僕のふだんの生活にも運ばれてくる。
        その前に、システムのロジックに沿わない者は、
        恋愛の対象にもされないが。

        さておき、恋愛は、間主体性を志向する。



  1. 2015年10月25日 20:02 |
  2. 恋愛
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

コメント

青梗菜さん、こんばんは!!^^

この記事を読み、間主体性という言葉を検索しました。(そしたら、記事後半に説明がっ。)証明は無理でしょうけど、いい言葉で、忘れたくない言葉だと感じたのでございます。m(__;m
  1. 2015/10/25(日) 22:58:35 |
  2. URL |
  3. くわがたお #-
  4. [ 編集 ]

がたおさん、こんにちは。

私でなくても、誰でもよかったんでしょ?
って訊かれたときに、
正直に答えるなら、その通りです、ってことになると思います。

神様とか、運命とか、赤い糸とか、ソウルメイトとか、
そんなのを持ち出すより、
間主体性を成り立たせてくれた人、のほうが納得できます。
ロマンティックではないけれどw。

まだ宙ぶらりんなところです。
明日、急いで続きを書きます。
  1. 2015/10/25(日) 23:28:54 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

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