馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

天才は、見つけるもの 4/x


それを天才と呼ぶことができるのなら、
天才は小さな生を共に生きて、
共に死ぬ者たちと共にある。

誰かが天才を必要とし、
天才が誰かを必要とすることで成り立っている。
それを天才と呼んでいいのなら。



フィンセント・ファン・ゴッホの、
生前に売れた絵は、
画商の弟、テオドルスが買った1枚だけ。

フィンセントは、
自分が取るに足りない存在であり、
埋もれたまま、忘れられると思っていた。



誰かが心を寄せて、
見つけなければならない。
天才は、その誰かを必要とする。

テオドルスは、フィンセントを認め、
経済的に援助し続けることで、
フィンセントは絵を描くことができた。



ゴッホは、なぜ人々に認められなかったのか?
僕たちは、まるでゴッホに原因があるような、
問いの立て方をしてしまう。

認められなくても、
ゴッホは、死ぬまでゴッホであり続けた。
人々は、なぜゴッホを認めなかったのか?

問いのかたちは、その方が正しい。



        僕らは自分が死ぬのを感じとれないが、
        しかし自分がとるに足らぬ存在であり、
        芸術家たちの鎖の輪の一つであらんがため、
        春の行楽に出かける連中をのせた車を引っぱる馬車馬と同様、
        健康と若さと自由のきつい代価を払っても、
        自分たちがそれを享受することは全くない、
        そういう現実は感じている。
        ―― ファン・ゴッホの手紙/二見史郎 編訳、圀府寺司 訳、
           2001、みすず書房



  1. 2015年10月16日 23:18 |
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  4. | コメント:4

コメント

青梗菜さん、こんばんは!!^^

FC2ブログは不思議ですね。理由:100(?)文字前後の文章でもって、そのやりとり(?)でちょっといろんなことを思ったり感じたりする為。あと、オールマイティー(?)な天才はいないと感じたのでございます。m(__;m
  1. 2015/10/17(土) 18:29:21 |
  2. URL |
  3. くわがたお #-
  4. [ 編集 ]

がたおさん、こんにちは。

ブログは不思議ですね、ではなくて、FC2ブログは不思議ですね、なのですね。
ってことは、FC2に特有の不思議があるんだろうなぁ。
そして、おおよそ100文字の文章、ってなんだろう。
オールマイティーな天才はいない、それは感想だからいいとして。

あ、がたおさんのコメントは、242バイト、122文字。
不思議なのは、がたおさん、
おめぇだよっ!w
  1. 2015/10/17(土) 19:42:17 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

ゴッホが果たして天才なのかは置いておいて、彼の絵がなかったら、絵画の世界はとても寂しいものだったと思います。
ゴッホまたはピカソその他の天才。方法論だけで見るとよくわからないという人がいるに違いないが、私は目にショックを受けます(笑)。

それにオールマイティの天才という概念自体、この世界にはないだろうな。。。ヴィンチがゴッホに勝っているとも思えないし。ヴィンチの時代には天才という概論もなかったろうし。
  1. 2015/10/18(日) 15:13:48 |
  2. URL |
  3. 金さん #n05n40aw
  4. [ 編集 ]

金川さん、こんにちは。

>ゴッホが果たして天才なのかは置いておいて、
うん、僕もさておいたw。
>彼の絵がなかったら、絵画の世界はとても寂しいものだったと思います。
うまいこと言うなぁw、
なんだか、それで過不足がない気がしてきました。
ダ・ヴィンチとファン・ゴッホ、
たしかに、対立構造には持ち込めませんわ~、仲間でもないし。
>ヴィンチの時代には天才という概論もなかったろうし。
なるほど~、そう考えると、天才を発明した人がいるんだなぁ。
  1. 2015/10/18(日) 16:29:55 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

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