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冷静れいちゃん 4/7


視野が広くて、まわりが見えている人は、
視野が広くて、まわりが見えている人を素敵と思う。
「最近の若者は~」って言わない人は、
「最近の若者は~」って言わない人を素敵と思う。

では、視野が狭くて、まわりが見えていない人なら、
視野が狭くて、まわりが見えていない人を素敵と思う。
「最近の若者は~」って言う人なら、
「最近の若者は~」って言う人を素敵と思う。

努力が嫌いな人なら、努力をしない人を素敵と思う。
努力を重ねている人など、目障りで仕方がない。
何が素敵かはさておき、自分が素敵と思える大人を目指せば、
次第に、自分が素敵と思える人たちに囲まれるから、

>素敵な人たちに囲まれている大人
「冷静」にそれを目指そう。



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    ―― Ilya Kuvshinov



テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2020年10月31日 00:00 |
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冷静れいちゃん 3/7


何やら不穏なフレーズ、最近の若者は~。
そんなもの言いによって対比されるのは、
最近の大人、でも、最近の年寄り、でもない。
もうここにはいない、過去の若者、であり、
自分たちが若かった頃、である。

過去ほど不確かなものはない。
今、起きていることや、これから起こること、
つまり、最近の若者については確かめようがあるけれど、
過去の若者については確かめようがない。
過去は、どこにも保存されていない。

過去は、現在において作られる。
っていうか、時制は、常に、今であり、
タイムマシンで過去に行っても、そこには、今がある。
ドラえもんは言うだろう、今、のび太くんは、
ジュラ紀の世界に着いたんだ、ぐふふふふ。

大人の思考を持った自分が、今において、
過去の若者を作り出すとき、
年寄りの思考になった自分が、今において、
自分が若かった頃を描き出すとき、
描出された若者は、少しも若くはないはずだ。

過去も、未来も、現在に媒介されている。
今を離れては、過去も、未来も、あり得ない。
過去は、主観的なものであり、
意味など、いくらでも書き換えられる。
大人なら、それくらいのことは分かっているはずだ。

>「最近の若者は~」って言わない大人
「冷静」でなきゃ目指せない。



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    ―― Ilya Kuvshinov



    自由行為は、
    流れつつある時間の中で行われるもので、
    流れ去った時間の中で行われるものではない。
    ―― 時間と自由/アンリ・ベルクソン 著、
    ―― 平井啓之 訳、2009、白水Uブックス



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  1. 2020年10月30日 00:00 |
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冷静れいちゃん 2/7


「冷静」は、ともすれば、きつい言葉だから、
落ち着き、くらいに留(とど)めたいけれど、
「冷静」に振れてみても、「冷静」な人なら、
落ち着き、くらいに落ち着くと思われる。

「冷静」なれいちゃんを目指して、
落ち着いたおーちゃんになれたらいい。
そもそも、二極に振れて分裂させてしまう人なら、
もとより、「冷静」ではいられないだろう。

あるフェーズに不釣合いなほどの機嫌のよさ、
或いは、機嫌の悪さは、極端に振れたパニックで、
はた目には、とても「冷静」とは思えない。
思考力が下がって、心拍数が跳ね上がっている。

「冷静」さを欠くことを、自分を見失う、
なんていうけれど、自分しか見えていない。
視野が狭くて、周りを見失っている。
他人との関係性の中での、自分を見失う。

>視野が広くて、まわりが見えている大人、
「冷静」にそれを目指そう。



    201017k.jpg

    ―― Ilya Kuvshinov



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  1. 2020年10月29日 00:00 |
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冷静れいちゃん 1/7


「余裕」と、「愛され」と、「知性」のほかに、
冗長につけ足して、さらにもう一つ、
「冷静」を公約数として挙げてみる。

    視野が広くて、まわりが見えている冷静
    「最近の若者は~」って言わない冷静
    素敵な人たちに囲まれている冷静
    年を重ねても女性として魅力的な冷静
    イライラを人に押し付けない冷静

いまいち、落ち着きが悪いけれど、
少し外れたルートから、もう一度、
なりたい大人を目指してみる。

「冷静」な大人になりたいと思う。



    201017m.jpg

    ―― Ilya Kuvshinov



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  1. 2020年10月28日 00:00 |
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知性のちーちゃん 7/7


「知性」を、ざっくり言って、
ものごとを知って、考える力、とするのなら、

知る、のはともかく、考える、なんてことは、
考えようと思って考えられることではないし、

考えないでいようと思っても、
ついつい、うっかり、考えてしまうことであり、

誰かに、考えろ、と命じられたとしても、
考え始められることではないし、

或いは、考えるな、と禁じられたとしても、
考え始めてしまうことである。



    201015a.jpg

    ―― Ilya Kuvshinov



考えなきゃならないことなら、
おおよそ、誰だって考えるから、

わざわざ考えなくてもいいことは、
例えば、「知性のちーちゃん」なんて、

間抜けなタイトルをつけて、誰に頼まれたわけでもなく、
1週間ほど、立ち止まってしまうことなどは、

「知性」なんて、自慢できるような何かではなく、
何らかの必要に迫られた何かであり、

例えば、雨が降る日には、
傘を差すような何かであり、

ちーちゃんには、どうしようもない何かである。



    

    さわやかな風と帰ろう
    やさしく降る雨と帰ろう

    ―― 帰ろう/竹渕慶
    ―― 藤井風 作詞作曲、2020、UNIVERSAL SIGMA



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  1. 2020年10月27日 00:00 |
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知性のちーちゃん 6/7


大人になって、理解力が高くなると、
それに比例して、人はものを考えるようになる。
同時に、逆説的だが、それに反比例して、
人はものを考えないようになる。

すぐに理解できてしまう、ってのは、時として、
思考力が低いゆえの、理解力の高さだったりする。
体系的な知識の下支えがないために、
思考の耐久力が乏しいだけだったりする。

宙に浮かんだ状態に耐えられなくて、
自らの経験を基にして、強引な推量を働かせ、
早々に着地を試みて、分かったふりをしてしまう。
「知性」を、分かる力、ではなく、考える力、とするのなら、

「知性」は、分かったつもりにならない必要がある。



    201024b.jpg

    ―― Ilya Kuvshinov



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  1. 2020年10月26日 00:00 |
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知性のちーちゃん 5/7


大人になって、難しい言葉を扱うようになると、
それに比例して、人はものを考えるようになる。
同時に、逆説的だが、それに反比例して、
人はものを考えないようになる。

例えば、自己、意識、分裂、依存、そんな術語(学術用語)による記述は、
それ自体の、論理を持つかたちで生み出されたが、
それ自体は、記述する対象を説明することはなく、
対象に論理が当て嵌(は)まるとは限らない。

例えば、依存なら、寄り掛かる、もたれ掛かる、ぶら下がる、
当てにする、甘える、しがみつく、溺れる、のめり込む、
そんなふだん使いの言葉が、難しそうな術語にすり替わって行くだけなら、
見かけはともかく、少しも知的になることはないだろう。

「知性」は、術語の受け答えにならない必要がある。



    201009b.jpg

    ―― Ilya Kuvshinov



    

    さわやかな風と帰ろう
    やさしく降る雨と帰ろう

    ―― 帰ろう/竹渕慶
    ―― 藤井風 作詞作曲、2020、UNIVERSAL SIGMA



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  1. 2020年10月25日 00:00 |
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知性のちーちゃん 4/7


大人になって、損得の価値判断ができてくると、
それに比例して、人はものを考えるようになる。
同時に、逆説的だが、それに反比例して、
人はものを考えないようになる。

何のために知識を得るのかが、
判明しているのなら、得ようとするが、
何のためになるのか分からないような、
役に立たない知識なら、得ようとはしない。

何かしら、得になりそうな知識なら、
意義を認めて、積極的に得ようとし、
何の得にもならないような知識は蔑視する。
「知性」を、得をする力、ではなく、考える力、とするのなら、

「知性」は、損得を抜きにする必要がある。



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    ―― Ilya Kuvshinov



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  1. 2020年10月24日 00:00 |
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知性のちーちゃん 3/7


大人になって、多くの情報を収集すると、
それに比例して、人はものを考えるようになる。
同時に、逆説的だが、それに反比例して、
人はものを考えないようになる。

顕(あらわ)れた情報が多いときには、
頭の中に潜(ひそ)む情報にアクセスしなくなる。
情報が少ないときには、抽象度は高く保たれるが、
情報が多くなれば、抽象度は低くならざるを得ない。

自分の外に顕在する情報の過多は、
自分の内に潜在する情報の過小を招く。
情報に押し潰されて、統合する力を奪われてしまう。
「知性」を、集める力、ではなく、考える力、とするのなら、

「知性」は、情報に埋もれさせない必要がある。



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    ―― Ilya Kuvshinov



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  1. 2020年10月23日 00:00 |
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知性のちーちゃん 2/7


大人になって、知識の量が多くなると、
それに比例して、人はものを考えるようになる。
同時に、逆説的だが、それに反比例して、
人はものを考えないようになる。

すでに知っているものごとなら、
さらに考える必要はなく、
すでに分かっているものごとなら、
さらに知るには及ばない。

では、知識だけを頭の中に詰め込んで、
もの知りになって行くことに、
どれくらいの価値があるのだろう。
「知性」を、知る力、ではなく、考える力、とするのなら、

「知性」は、知ることを超える必要がある。



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    ―― Ilya Kuvshinov



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  1. 2020年10月22日 00:00 |
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