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tetsugaku poet

qinggengcai

不代替なもの (`ω´)キリッ 5/x


常識外れなままで、
まだ続けてみる。
善悪も知らなかった自分を、
うまく扱い切れなくて困る。
たぶん、答は出ない。


善とは、共同体の利益になる行為で、
対して、悪とは、
共同体の不利益になる行為をいう。
定義は、以上だが、
そんな定義は、まるで役に立たない。

その善を同じくする者の集まりが、
その共同体であり、
いくつもの共同体があるのなら、
みんなで共有できる善など、
ないと言っているに等しい。

そして、差し迫った具体的な善は、
まだ定義されていないから、
僕たちが、善について考えるときには、
それを自らの言葉で再定義する努力が、
欠かせないことになる。

善などない、と言ってしまえば、
人がいるだけになる。
善人も、悪人もいない。
あるのは、共同体を構成するゆえに、
善人にも、悪人にもされてしまう、

人の幸と不幸だけになる。



テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2017年07月17日 00:21 |
  2. 自分らしさ
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不代替なもの (`ω´)キリッ 4/x


常識外れな、もの言いだろうか。
―― 読み返してみて、
自分が書いたフレーズの、
軽さと、儚さに驚く。

質量がなくて、温度が低くて、
感情的な余剰性がない。
事実を事実としてなぞっているような、
まるで他人事である。

つまり、善悪は、
意味を込めなければ、
まだ善悪にはならない。
そんなものは、およそ善悪ではない。

人らしい言葉が与えられないうちは、
善も、悪も、嘘である。



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  1. 2017年07月16日 13:14 |
  2. 自分らしさ
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不代替なもの (`ω´)キリッ 3/x


善、それに対して、悪、
それらは、きれいに二分されるものでも、
必ずどちらかに、
振り分けられるものでもない。
常識外れな、もの言いだろうか。

そして、善悪は対立しない。
善、でなければ、
すなわち、悪になるわけでも、
悪、でなければ、
すなわち、善になるわけでもない。

非常識な言い方をすれば、
善も、悪も、相対的でさえないと思う。
善悪など、何も言っていないに等しく、
僕たちは、分かったふりをすることが、
上手くなっただけである。

善悪だけでは、
まったく意味が足りていない。
善悪だけを切り取って、
何かを語るなど、
まったく意味をなさないことである。

常識外れな、もの言いだろうか。



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  1. 2017年07月16日 13:12 |
  2. 自分らしさ
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不代替なもの (`ω´)キリッ 2/x


善、は相対的なもの。
多くの人が常識的にそう思っているから、
それは、わざわざ書きたくなることでもない。
        宗教か、何かの思い違いで、
        絶対的に捉えたい人を除いて。

善、が相対的なものだとすれば、
善人も、悪人もいなくなるが、
なぜか、僕たちはそう思えない。
        理由はともかく、それは、
        なぜか、常識的ではない。

などと、外したことを、
書いてしまいたくなるくらいに、
非常識なもの言いになる。
        僕は、当たりまえのことに、
        足を取られて立ち止まる。

        僕は、極めて常識が分かっていて、
        極めて常識が分かっていない。



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  1. 2017年07月15日 22:02 |
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不代替なもの (`ω´)キリッ 1/x


他人と違うことをする、
それは、個性とか、独自性とか、
そんな話に向かうけれど、
        違うことをしているのなら、
        違っていて当然で、しかし、
        そんな分かりやすい話ではなく、
他人と同じことをしているときに、
違いが出てくるのが、
個性や独自性だと思っている。

        などと、外したことを、
        書いてしまうのは、
        僕が極めて常識的だから。
他人と違うことをする人の、
個性とか、独自性とかを、
当然に認めていて、
        ことさらに書く気が、
        起きないくらいに、
        自明なものと思っているから。

        などと、外したことを、
        書いてしまうくらいに。



    170715b.jpg



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  1. 2017年07月15日 17:02 |
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しんせい


    170711a.jpg

    古風なパッケージ。
    小さくて、かっこいい。

    きつくて吸い込めないから、
    ふかしてしまう。

    軽く、ゆっくり、
    吸ってみる。

    線香花火みたいに、
    ていねいに。



    170711b.jpg



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  1. 2017年07月11日 22:28 |
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哲学は、趣味


スピは、宗教、
哲学は、趣味。
どちらも、必要ではない。
なくても生きて行ける。
        役に立つとか、
        立たないとか、
        そんなのは知らないし、
        どっちでもいいし、
やれと言われても、
やらない人はやらないし、
するなと言われても、
する人はしてしまうし、
        やり方を習っても、
        やらなきゃできないし、
        やり方を知らなければ、
        いくらやってもできないし、
僕の代わりには、
誰もやってくれないし、
代わりに誰かがしていても、
僕には何の意味もないし、
        何のためにもならなくても、
        誰のためにもならなくても、
        やめられないうちは、
        続けるしかないような、

        哲学は、自分と世の中について、
        考える趣味である。



    130203.jpg



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  1. 2017年07月09日 17:21 |
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哲学は、善悪


「善」とは、共同体の利益となる行為、
対して、「悪」とは、
共同体の不利益となる行為をいう。
昔からある「善」の定義だ。

そんなのは、当たりまえすぎて、
誰が定義したのかは誰も知らない。
発見したのか、発明したのか、
そんなのも、どっちでもいい。

「義」といってもいい。
「正しさ」でも、「正義」でもいい。
それらの小さな違いが、
気になる人なんて珍しい。

「善」が相対的なのは、
それぞれの共同体によって、
利害が異なるからである。
なんて簡単な理屈だろう。

「善」は、部分集合や補集合、
和集合や積集合で括られて、
「善悪」なんて、僕の身の周りにも、
いつでも、どこでも、いくらでもある。

そして、哲学は、「善悪」を考える。
複雑な、共同体の利益を逡巡している。


解決策は、両極端な2通り。
個に向かうか、全に行くか。
自分に閉じこもるか、
それとも、宇宙の果てまで跳ぶか。

どちらも現実を見なくていいから、
悟った気分が得られるに違いない。
自己閉塞に落ち込んでいても、
宇宙を夢見ることはできる。

スピは、宇宙の利益を考えているのか。
最小の真部分集合の個人なのに、
遥かに外側の宇宙の「善」など、
考えることができるのか。

もしも、スピが、個人の「善」なら、
単純に、個人の利益に埋没している。



    150105b.jpg



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  1. 2017年07月07日 23:03 |
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哲学は、抽象


        知識や情報を取り込んで、
        もの知りになることで、
        人は考えなくなる。
考えなくても知っているし、
知っていることなら、
考えるには及ばない。

        そして、考えることは、
        知っているかどうか、
        には係っていない。
正確を期すのなら、
知っていると思えるかどうか、
に係っている。

        知識を頭の中に入れて、
        もの知りになっていくことに、
        どれほどの価値があるのだろう、
などと、学識のない僕なら、
負け惜しみを言ってみる。
僕は、ウィキになりたいわけではない。

        何かを考えるときには、
        知識や情報が少ないほうが、
        抽象性が保たれる。
そして、逆説めいてくるが、
抽象性が高いほうが、
知識や情報の量は多い。

        具体的な知識は、
        抽象的な知識を、
        損なわせてしまう。
顕在的な知識は、
潜在的な知識を、
埋もれさせてしまう。

        抽象性は、輪郭を持たない。
        だから、考えて縁取りたくなる。
        抽象性は、空白をもたらす。
だから、考えて埋めてみたくなる。
しかし、知識や情報は、
たいていは、具体的なものだ。

        具体的に説明されると、
        僕は、何も考えられなくなる。
        願わくば、もっと、

        抽象的に言ってくれ。



    140821d.jpg



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  1. 2017年07月04日 23:24 |
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