馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

青梗菜について質問です


青梗菜は、

1、おもしろい人だ、つまらない人だ、どちらともいえない、わからない

2、真面目な人だ、不真面目な人だ、どちらともいえない、わからない

3、熱い人だ、冷めた人だ、どちらともいえない、わからない

4、優しい人だ、冷たい人だ、どちらともいえない、わからない

5、柔軟な人だ、頑固な人だ、どちらともいえない、わからない

匿名でも構いません。
率直な回答をお願いします。



  1. 2015年12月26日 21:16 |
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誤読という出来事 4/4


その頭文字は、G。

Gは、殺意に満ちている。
Gは、まるで、悪魔の力のように、
多くの外因死の原因になる。

Gは、宇宙の端緒からあり、
―― つまり、神とともにあったのだろう、
Gは、その力によって、星を作り、
星々を集めて銀河を作った。


        光あれ ―― 創世記、1、3、
        神の声を聞き、
        Gは、星を光らせる。

        Gは星を収縮させ、
        それにより、中心部が1500万度、
        水の160倍の高温高圧になったときに、
        星が核融合を始めた。

        そして、星々が光り始める。


Gは、殺意に満ちている。
星を生み出したGだが、
生まれた星を殺すのも、
やはり、Gである。

やがて、星は、
Gの魔力に耐えられなくなり、
その核を潰し始め、
跳ね返って爆発を起こす。


        高速で元素がぶつかり合い、
        温度も圧力も上昇する中で、
        核融合が進み、重い元素が作られ、
        銀河に撒き散らされる。

        そんな星々の欠片を集めて、
        太陽系が生まれた。
        端緒から100億年の後、
        銀河系の隅っこで。


地球の軌道になる辺りでは、
微惑星が100億個あり、
直径10km、重さ1兆tほどのそれらを、
Gは引き合わせる。

微惑星は、Gによって地表に落とされ、
互いを砕き続けた。
衝突の地点は、1万数千度の高温になり、
互いを溶かし続けた。


        Gは、密度の高い金属を、
        地球の核に沈み込ませ、
        蒸発した気体を舞い上がらせて、
        大気を作った。

        水蒸気を主成分とする大気は、
        熱を包み込む。
        地球は溶岩に覆われた火の玉になって、
        微惑星を捕らえながら転がった。


微惑星を喰い尽し、
衝突の回数が減少すると、
地表と大気が冷え始める。

溶岩の表層が薄く固まり、
同時に、大気が水蒸気を手放すと、
Gは、雨を降らせた。
Gによって、空の水がすべて落とされ、
地表を覆い尽くした。


        雨は1000年降り続く。
        僕たちは、地表に落ちた水を海と呼ぶ。

        Gは、gravity、
        ふつうは略して「G」と呼ぶ。

        あらゆるものを凶器に変えて、
        僕の質量でさえ、
        僕を殺そうと企図する「G」は、
        「重力」とも呼ばれている。



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  1. 2015年12月18日 22:21 |
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誤読という出来事 3/x


不意に陽が昇る。

大気がないから、薄明かりも朝焼けもない。

その星の1日は、地球の約27日。

午前中に2週間かけて、やっと太陽が南中する。



太陽の光や熱は、大気に遮られることなく地表に達し、
真昼の温度は120℃を超える。

午後も2週間かけて陽が傾き、
日没と同時に、唐突に夜になる。

一気に温度が下がって、
氷点下100℃まで冷え込む。

夜明け前には余熱を失って、
さらに50℃ほど低下する。



その星から見た地球は、位置を変えない。
静止したまま、その場で回転し、
約30日かけて、地球から見たその星の、
正反対に満ち、欠ける。

その星が夜になると、
地球は満ち、その星の夜を照らす。
地球の夜には、その星の光が降り、
その星の夜には、地球の光が降る。

その星の平均半径は、約1738km、
地球のそれは、約6371km、
その星から見た地球の直径は、
地球から見たその星の約3.7倍になる。

その星の地表が暗色の岩石なのに対し、
地球には大気がある。
雲に覆われた面積が多いので、
地球から見るその星の7、80倍も明るい。



その星が見えないはずの新月の真昼の空に、
かすかに見える満月や、
三日月の、暗く欠けた側がぼんやりと浮かんだら、
それがその星を照らす地球の光。

地球に返ってくるほどの明るさの。



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  1. 2015年12月17日 19:44 |
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誤読という出来事 2/x


恋愛の対象は、
もちろん、誰でも良いわけではありません。
しかし、恋の始まりにおいては、
その人でなければならないわけでもありません。
相手は、替えがきかないわけではありません。
つまり、恋愛の対象は、交換が可能です。
相手は、交換が不可能という、
そんな幻想を抱かせてくれる人なら十分でしょう。

替えがきかない相手だったから、
恋愛が成立したのではなく、
恋愛が成り立つことによって、
替えがきかない相手だったことになります。


恋の始まりにおいては、ことさらに、
恋は、演劇性を求められます。
僕たちには、デートをして、手をつないで、
キスをして、エッチをする文化があります。
それらに演劇性が伴わないとしたなら、
誰もが、たいていは同じ順序で、
たいていは同じ行動を選択する、
その理由が見つかりません。

独自の演技は、許容されません。
独自性による行為は、犯罪を構成しかねません。
それは、道徳や慣習よりも強い禁止で、
強制力を伴って排除される行為になります。


他人のことは、行為で判断します。
自分のことは、気持ちで判断するのに対して。
他人の気持ちは、行為の外形から決定されます。
その実質は、法廷における、
その他人を除いた人たちによる、
その他人の気持ちの創造にほかならないのに。
さておき、その他人を「痴漢」と呼んで、
話を続けましょう。



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  1. 2015年12月17日 18:36 |
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誤読という出来事 1/x


子どもの頃、
長靴で水たまりを歩いていた頃、
北極星が光っていた頃、
終電が早かった頃、
0時でテレビが終わっていた頃、
コンビニがなかった頃、
夜はとっても夜でした。

植栽は黒く、
側溝は底なしで、
電燈は虫に覆われて、
石段は不規則で、
橋の手すりは嘘みたいに低く、
ため池には柵もなく、
夜はこよなく夜でした。

でこぼこ道で足の爪を傷め、
手の指にはサボテンのとげが刺さり、
月は大きくて黄色くて、
野良犬の影が長く伸び、
猫はつま先立ちで静かに歩き、
人はおとなも子どももよく転び、
夜はさながら夜でした。

パジャマで歩いた夏の夜、
団扇を片手に夏の夜、
闇の黒さも野良犬も、
冥府や幽霊や妖怪も、
僕を見下ろすひまわりも、
怖れるものなどなにもないのに、
知らずに怖れる夜でした。

そんな粗野な時代に、
戻りたい人がいるのでしょうか。



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  1. 2015年12月15日 13:28 |
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ラカン 14/14 ―― 愛とは、持っていないものを与えることである


何につけても、
始まりは、そんなものだ。


    例えば、建物を作るときに、
    設計図がなければ、全体が分からない。

    それでも、キッチンに作りつけの収納の、
    引き戸の取っ手のデザインが気に入れば、
    建物全体を好きになる、
    そんな契機としては、じゅうぶん過ぎる。


恋は、細部から始まる。
他人の全体なんて分からない。
細部からは、見通せるはずのない、
その全体を見越して好きになる。

その細部を延長しても、拡大しても、
きっと、その人にはならないのに。


        愛とは、持っていないものを与えることである。
        ―― ジャック・ラカン

        私は、私があなたに贈るものを拒絶してくれるようあなたに頼む。
        なぜならそれではないのだから。
        ―― ジャック・ラカン


    恋は、演劇性を求められる。
    見よう見まねの模倣で、
    演じる場面から現れる、
    演劇的な効果を恋と呼ぶ。

    演劇のくせに、全体のプロットを持たないままに、
    小さな場面が積み上げられる。


即興のライブだから、
細部は、小さな場面の、役者たちの中にある。

細部から全体に向かうときは、
その全体は、誰にも分からない。
全体から細部に向かうときには、
多くの意味づけが行き渡っているのに対して。


    神は細部に宿る。
    ―― ミース・ファン・デル・ローエ
    建物は、細部の収まりがよくないと、
    全体の価値が損なわれる。

    細部は、現場で決められる。
    当初の設計では、詰められない。


なにを作っているのかさえ、
分かっていなかったのに、
気がつけば全体に行き着いて、
なにやら、でき上がったものがある。

でも、僕たちは、いつだってうまくいかない。
どうやったらこんなものができるのだろう、
苦笑しながら、細部の集積を、
懐かしく眺めてみる。


そして、喩えようもないそれを、
例えば、愛と呼んでみる。



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  1. 2015年12月12日 20:43 |
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ラカン 13/14 ―― 愛とは、持っていないものを与えることである


意地悪をしてしまうこと、
そっ気なさを装うこと。

持っていない「嫌い」や、
「無関心」を与えてしまうこと。
持っているのは、それらではなく、
「好き」や「関心」なのに。

        愛とは、持っていないものを与えることである。
        ―― ジャック・ラカン


僕の「好き」は、
彼女の理解が可能になるまで歪曲されて、
おそらく「嫌い」に書き換えられる。

その実質は、彼女による、
僕の感情の創造であり、
僕の「好き」は変わらない。

        私は、私があなたに贈るものを拒絶してくれるようあなたに頼む。
        なぜならそれではないのだから。
        ―― ジャック・ラカン


どうして、僕は、
僕の邪魔ばかりするのだろう。



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  1. 2015年12月11日 21:01 |
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ラカン 12/14 ―― 愛とは、持っていないものを与えることである


他人のことは、行為で判断する。
自分のことは、気持ちで判断できるのに。

行為は、必ず演劇性を備える。
例えば、優しさは、
相手が優しくされていることを理解することで、
優しさになるから。


他人に通じる可能性がないような、
私的な言葉や所作は、意味をなさない。

優しくしたい相手には、
優しい人を演じることになる。
そうしないと、優しくしたことにも、
優しくされたことにもならない。


僕は、彼女に優しくしたかったから、
優しい言葉を選んだけれど、
それは、僕が優しい人に思われるために、
選んだ言葉ではない。

自分のためにかけた言葉ではなく、
彼女のためにかけた言葉だ。


彼女には、優しさだけが届けばいい。
僕は、彼女に、
優しい人だと思われても困らないほどの、
優しさは備えていないから。

それほど多くの、
優しさは持ち合せていないから。

        愛とは、持っていないものを与えることである。
        ―― ジャック・ラカン


優しい人に思われることなしに、
彼女に優しさを与えたいのなら、
気づかれないように、
優しさは、控えめに隠される。

隠された優しさは教えてくれる。
きっと、僕に対しても、
僕には知ることができなかった隠された優しさが、
数限りなく、向けられていたことを。

        私は、私があなたに贈るものを拒絶してくれるようあなたに頼む。
        なぜならそれではないのだから。
        ―― ジャック・ラカン



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  1. 2015年12月10日 20:58 |
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ラカン 11/xx ―― 愛とは、持っていないものを与えることである


恋の始まりにおいては、ことさらに、
恋は、演劇性を求められる。
つまり、デートをして、手をつないで、
キスをして、エッチをする。

それらが演劇でないとしたら、
誰もが、おおよそ順番を守り、
誰もが、おおよそ同じ行為をする、
その理由が見つからない。


テレビや、映画や、漫画や、小説や、
誰かから聞いた話や、流行りの歌や。
僕たちは、よくある台詞と、よくある所作で、
よくある演劇を再現する。

誰もが同じ行為をするから、
役者がなにを演じているかが分かる。
役者は、観客を模倣し、
観客は、役者を模倣する。



例えば、自転車に乗る、駅までの道を歩く、
日常の自然な行為においては、
行為の目的を意識すれば、
行為する身体は、意識しなくてもいい。

例えば、箸を使う、キーボードを打つ、
自分の身体を意識しなくても、
そんな高度なことができるのに、
彼女と、簡単に手をつなげない。

自分の身体の動静を、
意識することが非日常である。
僕は、自然に手をつなぐような、
身体性を持っていないことに気づく。

        愛とは、持っていないものを与えることである。
        ―― ジャック・ラカン


箸を使うことも、
キーボードを打つことも、
模倣から始まったが、
もう誰の真似もしなくていい。

日常の秩序を逸脱した、
ぎこちなかった身体も、
自然に手をつなげるようになると、
もう演技はいらなくなる。

        私は、私があなたに贈るものを拒絶してくれるようあなたに頼む。
        なぜならそれではないのだから。
        ―― ジャック・ラカン

もう誰の真似もしなくていい。
彼女と手をつなぐことは、
僕の日常の中に、
秩序化されている。



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  1. 2015年12月08日 12:51 |
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ラカン 10/xx ―― 愛とは、持っていないものを与えることである


欲求が欠乏の函数なら、
愛を求める人は、愛を欠いている。
満ち足りている人なら、
愛を欲しがることはない。

欠乏したままで、愛を与える。
欲しいものは、
まず自分から与えないと、
得ることができないから。

        愛とは、持っていないものを与えることである。
        ―― ジャック・ラカン


得られてしまうと、
満ち足りてしまうと、
求める必要も、
与える必要もなくなってしまう。

僕は、そんなことを、
望んでいたわけではない。

        私は、私があなたに贈るものを拒絶してくれるようあなたに頼む。
        なぜならそれではないのだから。
        ―― ジャック・ラカン


それでも、僕は、
与えよう、贈り続けよう。
贈る、ということは、同時に、
拒絶の契機を贈っているのだから。

贈る、ということは、
あらかじめ、または、同時に、
相手が受け取りを拒絶する可能性を、
前提とし、または、発生させる。

贈る、とは、愛が壊される可能性を、
与えることである。



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  1. 2015年12月06日 12:41 |
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