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tetsugaku poet

qinggengcai

誰だって、自分が正しい 50/50


誰だって、自分が正しい、としても、
自分が知らない概念や文化なら、
正しいか、正しくないかの判断はつかない。

        その多くは、今どきの、新しい概念や文化だが、
        自分が理解できないものごとへの対処として、
        最も簡単な方法は、否定することである。

すなわち、今どきの、薄っぺらの、くだらない概念や文化は、
薄っぺらで、くだらないゆえに理解する価値もない、
って循環で否定して、終わらせることである。

        しかし、理解できないものごとに対して、
        軽薄とか、陳腐なんて評価を与え続けていると、
        やがては、薄っぺらで、くだらないものごとに、

次第に包囲されて行くことになるだろう。
理解できないものごとなのに、
軽薄とか、陳腐なんて評価を与えるのは矛盾であるが、

        その矛盾は、軽薄で陳腐なものごとに囲まれるような、
        望ましくない環境に身を置き続ける矛盾を招く。
        誰だって、自分が正しくて、そして、

        自分が正しければ、逃げ道はないのだ。



    

    忙しない 日常の中で 歳だけを重ねた
    その向こう側に 待ち受けるのは 天国か地獄か

    ―― 白日/森恵
    ―― 常田大希 作詞作曲、2019、Ariola Japan



    私はかつて正しかったし、
    今もなお正しい。
    いつも、私は正しいのだ。
    私はこのように生きたが、
    また別の風にも生きられるだろう。
    私はこれをして、あれをしなかった。
    こんなことはしなかったが、
    別なことはした。
    そして、その後は?
    私はまるで、あの瞬間、
    自分の正当さを証明されるあの夜明けを、
    ずうっと待ち続けていたようだった。

    ―― 異邦人/アルベール・カミュ著
    ―― 窪田啓作訳、1942、1954、新潮文庫



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  1. 2020年03月28日 00:00 |
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誰だって、自分が正しい 49/50


>人は、そもそもから、精神的に異常である。
誰だって、一人のときなら、
多少なりとも気が狂っているだろう?
異常とは、社会に対する異常であり、
気が狂った自分を、社会に晒(さら)すことである。

誰だって、自分が正しい、と言うほかはないように、
社会だって、自分が正しい、と言うほかはない。
正常も、異常も、定義は不可能で、
近代社会が、合理的に、生産的に機能するために、
恣意的に作り出したルールに過ぎないけれど、

それが分かった上で、僕は、
ルールへの追従を指向する自分が正しい、
と言うほかはない。



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異常から正常に向かうことを、寛解、と呼ぶのなら、
それは、道徳への隷属で、理性への服従で、
同じような人たちの一員に成り下がることである。
自分一人の正しさを譲らない人は、必然的に、
独りになる、ってことと引き換えだ。

自分の正しさを曲げるのだから、
正常とは、自分に対する不正であるが、
同じような人たちへの愛は、自己犠牲を許容する。
自分の正しさを譲らない人は、必然的に、
愛さないし、愛されない、ってことと引き換えだ。

それが分かった上で、僕は、
愛し、愛されることを指向する自分が正しい、
と言うほかはない。



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    今の僕には何ができるの? 何になれるの?
    誰かのために生きるなら 正しいことばかり言ってらんないよな

    ―― 白日/Goose house
    ―― 常田大希 作詞作曲、2019、Ariola Japan



    狂気は、未開の状態では、発見されることはありえません。
    狂気は、ある社会のなかにしか存在しないのです。
    つまり、狂気というのは、狂気 [とされるもの] を
    孤立させるような感情のあり方、
    狂気 [とされるもの] を排除し、
    つかまえさせるような反感(嫌悪)のかたちがなければ、存在しないのです。
    こうして、中世において、そしてルネッサンスにおいても、
    狂気は、一つの美学的ないし日常的な事実として
    社会の視野のなかに立ち現れていたのだと言えます。
    そして、十七世紀において ―― ここから監獄が始まります ―― 狂気は、
    沈黙と排除の時代を経験することになります。

    ―― ミシェル・フーコー思考集成 Ⅰ 1954-1963/ミシェル・フーコー 著、
    ―― 石田英敬、金森修、増田真 ほか 訳、石田英敬 編、1998、筑摩書房



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  1. 2020年03月25日 00:00 |
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誰だって、自分が正しい 48/50


人は、一人でいるときには、正常を装わなくてもいい。
一人のときなら、異常な行動は、異常ではない。
        人は、一人で考えることなら、何を考えてもいい。
        不道徳でも、支離滅裂でも、異常ではない。

眠る前の、いかがわしい妄想は、
誰にも言わなければ、猥褻(わいせつ)にはならない。
        起き抜けの、愚かしい夢も、
        誰にも聞かせなければ、愚考にはならない。

言ってしまうことが、猥褻になり、
聞かせてしまうことが、愚考になるだけで、
        誰もが、猥褻や愚考を内側に留めて、
        外に出さないことを正常と呼んでいる。

例えば、引きこもるという環境に、
身を置き続けることの危険性は、
        いくらでも異常でいられることであり、
        正常でいなければならない必要がないことである。

        つまり、他人がいない世界に、異常はない。



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    真っ白に全てさよなら 降りしきる雪よ
    全てを包み込んでくれ 今日だけは 全てを隠してくれ

    ―― 白日/King Gnu
    ―― 常田大希 作詞作曲、2019、Ariola Japan



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  1. 2020年03月23日 00:00 |
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誰だって、自分が正しい 47/50


>外に出ている人とは、当然、認知が異なるけれど、
>それは、どちらが正しい、ってことではない。
        >そこには、価値の上下はつけられないにしても、
        >差異は差異として確かに認められる。

10年も、引きこもれば、世界の観え方が異なってくる。
外の世界を忘れてしまうし、外の世界の変化にも気づけない。
        しかし、それよりも、なによりも、
        人は、そもそもから、精神的に異常である。



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>間違い、がなければ、正しい、はなくて、
>では、間違い、の成分の半分は、
        >正しい、と、どちらでもない、
        >によってできている。

同様に、異常、がなければ、正常、はなくて、
では、異常、の成分の半分は、
        正常、と、どちらでもない、
        によってできている。



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僕たちは、自分が異常なことを知っているから、
他人に対して正常になれる。
        僕たちが正常になれるのは、
        他人と共存する世界を忘れていないからである。

>愚考が、僕の内側に留まっているだけなら、
>それは、まだ、愚行ではなくて、
        >それを、僕の外側に表現してしまうことで、
        >愚考が愚かに成り下がる。

        つまり、他人がいない世界に、愚行はない。



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    忙しない日常の中で 歳だけを重ねた
    その向こう側に 待ち受けるのは 天国か地獄か

    ―― 白日/森恵
    ―― 常田大希 作詞作曲、2019、Ariola Japan



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  1. 2020年03月22日 00:00 |
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誰だって、自分が正しい 46/50


>書けるようにしてくれと頼んだ憶えはないが、
>僕には、頼んでいたのと大差はない。
>いまさら、書けなくなることは望まないし、

        生んでくれと頼んだ憶えはないが、
        僕には、頼んでいたのと大差はない。
        いまさら、生きられなくなることは望まないし、

>僕に、書けるようにしてくれて、
>僕は、それを受容し、それを感謝し、
>それで良かった、と肯定できるもの。

        僕に、生きるようにしてくれて、
        僕は、それを受容し、それを感謝し、
        それで良かった、と肯定できるもの。

>仮に、書くことができる現状を排除し、怨嗟を募らせ、
>それを悪いと否定する記述があったとしても、
>基点は、書けてしまっている、ってことにある。

        仮に、生きることができる現状を排除し、怨嗟を募らせ、
        それを悪いと否定する思考があったとしても、
        基点は、生きてしまっている、ってことにある。

>無理に答えようとするから間違える。
>分からないことには、答えない。
>馬鹿なふりをして、ゼロ記号で答えよう。

>答えなくても、すでに解答済みだから。

        無理に答えようとするから間違える。
        分からないことには、答えない。
        生きることにおいて、最も必要なことは、

        答のない問いに耐える鈍感さではないのか。



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    いつだって人は鈍感だもの わかりゃしないんだ肚の中
    それでも愛し愛され 生きて行くのが定めと知って

    ―― 白日/Goose house
    ―― 常田大希 作詞作曲、2019、Ariola Japan



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  1. 2020年03月21日 00:00 |
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誰だって、自分が正しい 45/50


>そして、せっかく考えるのだから、
>自分に都合のいい答が望ましく、
        >その実質は、自分に都合のいい答が先にあって、
        >期待通りの答を受け取りに行くために考える。

誰だって、自分が正しいから、
自分が正しくなるような情報を求める。
        自分を心地よくさせる検索を選び、
        気分がよくなる本を読む。



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例えば、本を読んでも、
自分がなんとか理解できるのは、
        自分に都合がいいことだけで、
        自分を安心させてくれることだけで、

つまり、自分が、すでに、
なんとなく感じていることだけを理解する。
        自分が知っている意味から、
        はみ出してしまうのが他人なのに、

自分が知っている意味に収めてしまう他人なら、
自分と出会っているのと変わらない。
        いくら本を読んでも、さらに、
        自分の視点を固定させるだけになる。

        って、ニーチェが書いているように思う。



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    本を読んだとしても、最悪の読者にだけはならないように。
    最悪の読者とは、略奪をくり返す兵士のような連中のことだ。
    つまり彼らは、何かめぼしいものはないかと探す泥棒の眼で
    本のあちらこちらを適当に読み散らし、
    やがて本の中から自分のつごうのいいもの、
    今の自分に使えるようなもの、
    役に立つ道具になりそうなものだけを取り出して盗むのだ。
    そして、彼らが盗んだもののみ(彼らがなんとか理解できるものだけ)を、
    あたかもその本の中身のすべてであるというように
    大声で言ってはばからない。
    そのせいで、その本を結局はまったく別物のようにしてしまうばかりか、
    さらにはその本の全体と著者を汚してしまうのだ。
    ―― さまざまな意見と読書



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    わたしたちが読むべき本とは、次のようなものだ。
    読む前と読んだあとでは世界がまったくちがって見えるような本。
    わたしたちをこの世の彼方へと連れさってくれる本。
    読んだことでわたしたちの心が洗われたことに気づかせるような本。
    新しい知恵と勇気を与えてくれる本。
    愛や美について新しい認識、新しい眼を与えてくれる本。
    ―― 悦ばしき知識

    ―― 超訳 ニーチェの言葉/フリードリヒ・ニーチェ 著
    ―― 白取春彦 編訳、2010、ディスカヴァー・トゥエンティワン



    

    いつものように笑ってたんだ 分かり合えると思ってたんだ
    曖昧なサインを見落として 途方のない間違い探し

    ―― 白日/King Gnu
    ―― 常田大希 作詞作曲、2019、Ariola Japan



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  1. 2020年03月20日 00:00 |
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誰だって、自分が正しい 44/50


>誰だって、自分は正しいけれど、
>自分一人の正しさ、なんてのは、
>その実質は、自分一人の間違い、と大差はない。
>誰からも認めてもらえない正しさ、なんてのは。

        そこから、僕がしなければならないこと、
        してはならないこと、を導き出すのなら、
        誰かの、誤った見かけの正しさを、
        僕が、正しいと感じたときには、

        僕は、直ちに、大急ぎで、
        反応を示さなければならない。



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ためらっていると、自分の感性を裏切ることになる。
感性とは、自分が感性を持っていなければ、
見過ごされてしまう他人の感性を、
埋もれさせずに拾い上げる能力、とするのなら、

        誰かと答え合わせをしたり、
        誰かの保証を求めたり、ネットで検索をしたり、
        そんな、みんなの正しさ、を参照するのではなく、
        自分の感性、で応じなければならない。

反応は、相手に応えることで反応になる。
なんらかの行為がなければ、
相手にとっては、認められなかったのと同じであり、
僕は、相手の感性を反故にしてしまう。

        僕にとっても、僕の感性を反故にする。
        何も示さないまま、何を見ても、何を聞いても、
        見なかったことと同じになり、
        聞かなかったことと同じになるのなら、

        僕は、もう、他人の所作など見なくてもいいし、
        他人の言うことも聞かなくてもいい。



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    かわるがわるのぞいた穴から 何を見てたかなぁ?
    一人きりじゃ叶えられない 夢もあったけれど

    ―― 楓/Yo1ko2、Uru
    ―― 草野正宗 作詞作曲、1998、Polydor



    彼が
    10ワットの太陽
    懐中電灯のような太陽でも
    他人は
    月や星のように
    寒々と輝く義務がある

    ―― 比喩の太陽/吉野弘
    ―― 吉野弘詩集、1968、思潮社



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  1. 2020年03月18日 00:00 |
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誰だって、自分が正しい 43/50


>誰だって、自分は正しいけれど、
>自分一人の正しさ、なんてのは、
>その実質は、自分一人の間違い、と大差はない。

>誰からも認めてもらえない正しさ、なんてのは。


        自分以外は、みんな間違い、ってことか。
        自分が世の中を排斥するときは。
        自分以外は、みんな正しい、ってことか。

        世の中が自分を排斥するときは。


その正しさを分かち合ってくれる人がいなければ、
その正しさは ―― 正しいゆえに、
その正しさ持ち主を破滅させてしまうだろう。

誰からも認めてもらえない正しさ、なんてのは。



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    かわるがわるのぞいた穴から 何を見てたかなぁ?
    一人きりじゃ叶えられない 夢もあったけれど

    ―― 楓/Yo1ko2、Uru
    ―― 草野正宗 作詞作曲、1998、Polydor



    なぜなら、いま彼女が身をもって知ったこと
    ―― それは、もしほかの人びととわかちあえるのでなければ、
    それを持っているがために破滅してしまうような、
    そういう富があるということだったからです。

    ―― モモ/ミヒャエル・エンデ著、
    ―― 大島かおり訳、2001、岩波書店



    

    「誰かに嘘をつくような人に なってくれるな」 父の願いと
    「傷ついたって 笑い飛ばして 傷つけるより全然いいね」 母の愛

    ―― 遥か/GReeeeN
    ―― GReeeeN 作詞作曲、2009、Nayutawave Records



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  1. 2020年03月17日 00:00 |
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誰だって、自分が正しい 42/50


>ここで容易に問いを変えてしまえるのは、
>つまり、論理を跳ばすことができてしまえるのは、
>跳ぶことを認めてくれる、誰かがいるから。

誰の助けも借りずに、一人で跳べる人ならいいけれど。
僕なら、心許なくて、跳ぶ気にはなれないし、
自分で、自分は、持ち上がらない気がする。

誰だって、自分は正しいけれど、
自分一人の正しさ、なんてのは、
その実質は、自分一人の間違い、と大差はない。

誰からも認めてもらえない正しさ、なんてのは。



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    かわるがわるのぞいた穴から 何を見てたかなぁ?
    一人きりじゃ叶えられない 夢もあったけれど

    ―― 楓/Yo1ko2、Uru
    ―― 草野正宗 作詞作曲、1998、Polydor



    こよなく至福なものたちはおのずからにはなにも感ぜす、
    こう言うことが許されるとしたら、
    必ずや神々の名において
    ある他者が心を寄せて感じなくてはならない。
    この他者を神々は必要とするのだ。

    ―― ライン/フリードリヒ・ヘルダーリン 著
    ―― ヘルダーリン全集2、手塚富雄、浅井真男 訳、1967、河出書房



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  1. 2020年03月15日 00:01 |
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誰だって、自分が正しい 41/50


>おそらく、悩む、悩まない、ではなく、
>外に出すか、内に留めるかの違いである。

他人の同情を誘うことは望まない。
哀れさを盛り込んで、同情を誘うくらいなら、

僕なら、悩みがなくていいね、って、
馬鹿にされるほうがいい。
 
僕が書いている散文は、たぶん、
出来損なった自由詩、と思われるけれど、

少々の韻律はあるとしても、感傷的な詩情がない。
感傷を盛り込んで、共感を誘うくらいなら、

僕なら、心がない人ですね、って、
馬鹿にされるほうがいい。



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愛に関する、ジャック・ラカンの、
謎めいた言い回しがある。

    Je te demande de me refuser ce que je t'offre parce que
    : c'est pas ça
    ―― Jacques Lacan, Le Séminaire livre XIX
    ―― …ou pire 1971-1972

    私は、私があなたに贈るものを
    拒絶してくれるようあなたに頼む
    なぜならそれではないのだから
    ―― セミネール第19巻/ジャック・ラカン

この言表の謎を解く鍵は、
ラカンが持っている、とは限らない。



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鍵は、例えば、他者のテクストの中にある。
わざわざ同情や共感を望まなくても、

おおよそ、そんな文章を書く人なら、
そんな文章が書けるようになった事情を、

多少なりとも背負っていて、そこには、
決して、悩みがないわけでも、

確かに、心がないわけでもなかったと。



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    別に言うことなんてない 言ってもいいことなんてない 人知れず黙り方を覚えた
    いつか変わらない日々を穿つような 鐘が鳴るはず

    ―― まっしろ/ビッケブランカ
    ―― ビッケブランカ 作詞作曲、2018、avex trax



    之れに反して自由詩の低劣な者には、
    全然どこにも韻律的な魅惑がない、
    即ち純然たる散文として印象される。
    故に定律詩の失敗したものは、
    尚且つ最低價値に於ての「詩」であることができるが、
    自由詩の失敗したものは、
    本質的に全く「詩」でない。

    ―― 青猫 ― 自由詩のリズムに就て/萩原朔太郎
    ―― 萩原朔太郎詩集、三好達治 編、1923、1981、岩波文庫



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  1. 2020年03月14日 00:00 |
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