馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

Strawberry Fields Forever 3/3


    これが本当だと いつも思ってる
    だけど この僕さえ虚構なのかも知れない
    君のことを解ってるつもりでも
    すべては僕の一人よがりなのかも知れない
    つまり 僕と君は同じじゃないってことさ

虚構なのかも、なんて、
中二病みたいなことを言って、
        解ったつもりになっても、
        一人よがりに過ぎないと思う。



解らないのなら、
解らないままで扱わないと、
        考えることもなくなって、
        解ったふりだけが上手くなる。
誰の心も、自分の樹を持っている。
英語から日本語には訳せるけど、
        その樹は、その樹なりの論理を持っていて、
        翻訳が可能とは限らない。



    時々、ではなくて、いつも、
    それが僕だと思っている。
    でも、そう、
    それは夢だと分かっている。
    No ってのは、Yes のことで、
    って考えている。
    でも、それはまったく間違っていて、
    納得できない、って考えている。

解らないのなら、
解らないままに訳すよりほかはない。
        読み解くことで異常とされるような、
        色覚の検査表もある。
ジョン・レノンの樹には、
彼のほかに、誰もいない。
        誰も彼に合わせることができないのなら、
        読み解けるほうがおかしい。
そして、それは悪いことではないと、
僕も思っている。
        否定ばかりで、
        誰とも解り合えそうにないけど、
時々、ではなくて、いつも、
それが僕だと思っている。
        そんなあれこれを、
        肯定してくれるのなら、
No ってのは、Yes のこと。
ついてきてくれないかな、
        今から行くんだ、
        イチゴがたくさん、

        生(な)っている場所に。



    

    Always no sometimes think it's me,
    but you know I know when it's a dream.
    I think, er No, I mean, er Yes but it's all wrong.
    That is I think I disagree.

    Let me take you down,
    'cause I'm going to Strawberry Fields.
    Nothing is real and nothing to get hung about.
    Strawberry Fields forever.

    Strawberry Fields forever.
    Strawberry Fields forever.



    ―― Strawberry Fields Forever/The Beatles
    ―― John Lennon 作詞、Paul McCartney 作曲、
    ―― 1967、Parlophone



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  1. 2017年11月06日 12:12 |
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Strawberry Fields Forever 2/3


    目を閉じれば 人生なんて楽なもの
    目に映ったものは 自分なりに受け止めればいい

「マジカル・ミステリー・ツアー」を買えば、
こんな訳がついてくるらしい。
        独善的な人生訓みたいだ。
        50年前は、こんな歌詞が目に映っても、
自分なりに受け止めればよかったのか。
それとも、目を閉じていたのか。
        ビートルズ世代には、疑いもなく、
        納得できる意訳なのだろうか。



    何も見ないで、
    生きていくほうが簡単な理由は、
    目に映ったものがすべて、
    嘘になってしまうから。

これはこれで、
変な意訳だから、
        僕なりの受け止め方は、
        世の中的には、間違いとされる。
僕の樹には、僕のほかに、
誰もいないみたいだ。
        でも、それはまったく間違っていて、
        納得できない、って考えている。
No ってのは、Yes のことで、
って考えている。
        時々、ではなくて、いつも、
        それが僕だと思っている。
そう、そんなことは、
どうでもよかった。
        See the world spinning around.
        Round and round and round and round and round.

        世界はぐるぐる回っている。



    

    Living is easy with eyes closed,
    misunderstanding all you see.



    ―― Strawberry Fields Forever/The Beatles
    ―― John Lennon 作詞、Paul McCartney 作曲、
    ―― 1967、Parlophone
    ―― The Fool on the Hill/The Beatles
    ―― John Lennon 作詞、Paul McCartney 作曲、
    ―― 1967、Parlophone



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  1. 2017年11月05日 15:21 |
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Strawberry Fields Forever 1/x


    僕と一緒に行かないか
    あのストロベリー・フィールズに
    すべてが夢 捕われるものさえ何もない
    ストロベリー・フィールズよ 永遠に

    目を閉じれば 人生なんて楽なもの
    目に映ったものは 自分なりに受け止めればいい
    ひとかどの人物になるのは困難なことさ
    それでもなんとかなるもの 僕には関係ない話だ

    どうやら 僕の樹には誰もいないようだ
    それが高かろうと低かろうと
    つまり 誰もぼくを理解することはできないのさ
    でも それでいいんだ
    僕にとっちゃ それほど不幸って訳じゃない

    これが本当だと いつも思ってる
    だけど この僕さえ虚構なのかも知れない
    君のことを解ってるつもりでも
    すべては僕の一人よがりなのかも知れない
    つまり 僕と君は同じじゃないってことさ

    ―― 訳詩、山X安X




なんだか違う。
ぜんぜん違う。
        人それぞれ、としか言っていない。
        ふてくされた人の言い訳みたいだ。
ストロベリー・フィールズは、たぶん、
そんなに解ったような歌ではない。
        ジョン・レノンが、
        東洋趣味を丸出しにして、
無何有(むかう)の郷(さと)を彷徨(さまよ)うような、
だから、言葉は、戸惑いながら、
        遠慮がちに繰り出され、
        何が言いたいのか、

        解らない歌だと思っている。



    Let me take you down,
    'cause I'm going to Strawberry Fields.
    Nothing is real and nothing to get hung about.
    Strawberry Fields forever.

    Living is easy with eyes closed,
    misunderstanding all you see.
    It's getting hard to be someone but it all works out.
    It doesn't matter much to me.

    No one I think is in my tree,
    I mean it must be high or low.
    That is you can't you know tune in but it's all right.
    That is I think it's not too bad.

    Always no sometimes think it's me,
    but you know I know when it's a dream.
    I think, er No, I mean, er Yes but it's all wrong.
    That is I think I disagree.

    ―― Strawberry Fields Forever



    

ついてきてくれないかな、
今から行くんだ、
        イチゴがたくさん、
        生(な)っている場所に。
本当のことなんて何もないから、
気にかけることも何もない。
        ストロベリー・フィールズで、
        いつまでも過ごそう。

何も見ないで、
生きていくほうが簡単な理由は、
        目に映ったものがすべて、
        嘘になってしまうから。
どんな人にもなれなくて、
でも、うまくなれてしまうけど、
        そう、そんなことは、
        どうでもよかった。

僕は思うんだけど、
僕の樹の上には、
        誰もいないみたいだ。
        みんなには、高すぎるか低すぎるのだろう。
だから、分かっている。
君も僕に合わせることはできない。
        それは悪いことではないと、
        僕は思うんだけど。

時々、ではなくて、いつも、
それが僕だと思っている。
        でも、そう、
        それは夢だと分かっている。
No ってのは、Yes のことで、
って考えている。
        でも、それはまったく間違っていて、
        納得できない、って考えている。



    ―― Strawberry Fields Forever/The Beatles
    ―― John Lennon 作詞、Paul McCartney 作曲、
    ―― 1967、Parlophone



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  1. 2017年11月04日 12:03 |
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感動についてのn個の一考察 8/8



    160820a.jpg
    http://www.ceskatelevize.cz/porady/10158946349-michel-petrucciani/20838254059/



僕が思っていたよりも、
ペトルチアーニの骨は脆くて、
ピアノを弾く彼の指や腕の骨は、
その内部では常に骨折を繰り返していた。

痛みに耐えながら演奏を続け、
コンサートが終わると、
医者に行って治療をする。
それが彼のツアーだった。

鍵盤を叩く彼のタッチの激しさに、
僕は騙され続けた。



    160820b.jpg



年間200回を越える公演を終えた1998年の暮れ、
彼はニューヨークで肺炎にかかり、
翌年の1月6日に急逝する。
36歳。



    160820c.jpg



2011年にドキュメンタリー映画が作られて、
彼が骨を折りながら演奏していたことを、
僕は知ることになる。
彼が死んでから13年も経っていた。

彼は、死ぬまで僕を騙してくれたから、
僕は、いつまでも彼に騙されたままでいようと思う。
ピアノの演奏に関しては、
彼を健常者のままにしておこうと思う。

彼は、多くを語らずに、
音楽を提示したから、
僕は、お涙頂戴の物語を忘れて、
能天気に彼のピアノを聴こうと思う。

きっと、彼も、
それを望んでいる。



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  1. 2016年08月20日 21:47 |
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感動についてのn個の一考察 7/x



    160808g.jpg
    http://www.ceskatelevize.cz/porady/10158946349-michel-petrucciani/20838254059/



つまり、僕は、お涙頂戴の物語に対する、
適応障害なのだろう。
心優しい人なら、適応できる物語なのに、
僕は、過敏に異常な反応をしてしまう。

応じてしまうことについては同じである。
たぶん、心が優しいとか、冷たいとかの謂いは、
僕たちが、優しいとか、冷たいとかと呼んでいる、
反応のパターンを選択する傾向に過ぎない。

そして、僕が書こうとしていることは、
僕が陥っているパターンの正当化である。



    160808e.jpg



他人のハンディキャップや、
他人の不幸に萌える心優しい人たちは、
彼の演奏を聴くと同時に、
感動の物語を読み込む。

心が冷たい僕は、物語を排除する。
僕は、彼を障害者とは思っていない。
彼は、ピアノの演奏に関しては、
健常者でなければならない。

そうでなければ、彼の公演は、
見世物興業になってしまう。



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  1. 2016年08月19日 19:09 |
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感動についてのn個の一考察 6/x


勝者が切り抜かれて、
画面に映し出される。
テレビは、感動を伝える。

足早に立ち去る敗者たちが、
オリンピックのほとんどすべてなのに。
くやし涙のほうが多いことくらい、

小さなうしろ姿からでも分かる。



    160812c.jpg

しかし、相田みつをの書は、
その通りなのだろうけれど、
勝者にも敗者にも、

贈る気にはなれない。



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  1. 2016年08月12日 13:57 |
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感動についてのn個の一考察 5/x


ミシェル・ペトルチアーニは、
日本では、さほど名を知られていない。

この国で感動を仕掛けることができるのは、
盲目のピアニストや、全聾の作曲家や、

つまり、見かけがきれいな障害である。
この国には、美しい心の持ち主が多いから。



    160812.jpg

しかし、相田みつをの書は、
その通りなのだろうけれど、

その通りとは言いたくない。



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  1. 2016年08月12日 11:53 |
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感動についてのn個の一考察 4/x



    160808f.jpg
    http://www.ceskatelevize.cz/porady/10158946349-michel-petrucciani/20838254059/



しばらくして、僕は、
ペトルチアーニが障害を抱えていて、
身長が1mに満たないことを知る。
彼は、先天性の骨形成不全症で、
全身の数十か所を骨折しながら生まれてきた。

    僕が幸運だったのは、
    骨形成不全症のピアニストを好きになったのではなく、
    好きになったピアニストが骨形成不全症だったことだ。


例えば、貧しい家庭に育ったとか、
下積みの頃の苦労話とか、
音楽以外の物語を盛り込んで感動を仕掛けられると、
僕は、そんなもので音楽の評価が左右されるべきではない、
と反感を持ってしまう。

    障害を克服したエピソードなど知らなくても、
    僕には、ペトルチアーニの音楽は素晴らしい。
    だから、障害を克服したことが素晴らしくなる。

    ペトルチアーニが素晴らしくなる。




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  1. 2016年08月09日 22:38 |
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感動についてのn個の一考察 3/x



    160808d.jpg
    http://www.ceskatelevize.cz/porady/10158946349-michel-petrucciani/20838254059/



初めて聴いたペトルチアーニのアルバムは、
「エスターテ」、
1982年のピアノトリオ。

明るくて、湿度が低くて、叙情的。
巧い人が、余裕でピアノを弾いている。
19歳の若さで、力を抜いている。

落ち着きと、自信が憎たらしい。
ペトルチアーニは、悩みなんてないような、
能天気な人だと思った。

この出会いはよかった。
その時、僕は、まだ、
彼の病気のことを知らなかったから。

彼の病気を知っていたら、
どこかで引っかかって、
そんな印象を持つことはなかっただろう。

彼を能天気だと思えたのは、
僕が能天気だったからにほかならないが、
それでも、僕は、僕の受けた印象が、

間違いではなかったと思っている。



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  1. 2016年08月09日 12:12 |
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感動についてのn個の一考察 2/x


オリンピックゲームの、
陸上男子100mの決勝は、
日本時間で、15日の午前。
―― 100mの最速は、9秒58、ウサイン・ボルト、
―― 2009年の世界陸上。

    160808c.jpg
    http://about.puma.com/en/this-is-puma/business-units/running-and-training



100mを走る速さを競い合う、
極めて単純なゲームに、
おもしろさはあるのだろうか。
―― 僕とは関係のない他人が集まって、
―― 勝敗を決める競争に。

例えば、選手たちの紹介もせず、
同じ服を着せ、同じ覆面を被せる。
選手たちは、勝敗を賭けて全力で走り切る。
―― 勝敗がついても、観ている者には、
―― 誰が勝ったのかは知らされない。

それを観ている僕に生まれる気持ちが、
100m走の混じりっ気のない感動とすれば、
どんな感動があるのだろうか。
―― きっと、僕に生まれるのは驚きで、
―― 僕が驚くのは、卓越した速さだ。

名前を隠しても、国籍を隠しても、
記録を隠しても、何を隠しても、
きっと、その驚きだけは消せない。
―― だから、選手は驚かせなければだめだ。
―― 速くなければ困る。

オリンピックゲームは、
僕を驚かせる身体能力を備えた人たちが、
集まって競い合う。
―― オリンピックゲームとは、
―― 僕を感動させることの約束である。



速さを本質とみなせば、
速さのほかに得られる感動は、
感動を誘う仕掛けによることになる。
―― つまり、よくある感動という現象は、
―― 観る者に施された仕掛けである。

競争のおもしろさは、誰と誰が競って、
どのようにして勝ったのかを、
比較することにある。
―― 競争そのものは、たいしておもしろくはない。
―― 自分が走るわけではないから。



それにしても、9秒58、
ウサイン・ボルトが保持する記録は、
多くの屈辱の記録になった。
―― 才能に恵まれ、自分には走ることしかないと決め、
―― 他人の何倍も努力を重ねて、

―― それでも超えられない人たちにとっては。



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  1. 2016年08月08日 18:41 |
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