馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

感動についてのn個の一考察 8/8



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    http://www.ceskatelevize.cz/porady/10158946349-michel-petrucciani/20838254059/



僕が思っていたよりも、
ペトルチアーニの骨は脆くて、
ピアノを弾く彼の指や腕の骨は、
その内部では常に骨折を繰り返していた。

痛みに耐えながら演奏を続け、
コンサートが終わると、
医者に行って治療をする。
それが彼のツアーだった。

鍵盤を叩く彼のタッチの激しさに、
僕は騙され続けた。



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年間200回を越える公演を終えた1998年の暮れ、
彼はニューヨークで肺炎にかかり、
翌年の1月6日に急逝する。
36歳。



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2011年にドキュメンタリー映画が作られて、
彼が骨を折りながら演奏していたことを、
僕は知ることになる。
彼が死んでから13年も経っていた。

彼は、死ぬまで僕を騙してくれたから、
僕は、いつまでも彼に騙されたままでいようと思う。
ピアノの演奏に関しては、
彼を健常者のままにしておこうと思う。

彼は、多くを語らずに、
音楽を提示したから、
僕は、お涙頂戴の物語を忘れて、
能天気に彼のピアノを聴こうと思う。

きっと、彼も、
それを望んでいる。



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  1. 2016年08月20日 21:47 |
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感動についてのn個の一考察 7/x



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つまり、僕は、お涙頂戴の物語に対する、
適応障害なのだろう。
心優しい人なら、適応できる物語なのに、
僕は、過敏に異常な反応をしてしまう。

応じてしまうことについては同じである。
たぶん、心が優しいとか、冷たいとかの謂いは、
僕たちが、優しいとか、冷たいとかと呼んでいる、
反応のパターンを選択する傾向に過ぎない。

そして、僕が書こうとしていることは、
僕が陥っているパターンの正当化である。



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他人のハンディキャップや、
他人の不幸に萌える心優しい人たちは、
彼の演奏を聴くと同時に、
感動の物語を読み込む。

心が冷たい僕は、物語を排除する。
僕は、彼を障害者とは思っていない。
彼は、ピアノの演奏に関しては、
健常者でなければならない。

そうでなければ、彼の公演は、
見世物興業になってしまう。



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  1. 2016年08月19日 19:09 |
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感動についてのn個の一考察 6/x


勝者が切り抜かれて、
画面に映し出される。
テレビは、感動を伝える。

足早に立ち去る敗者たちが、
オリンピックのほとんどすべてなのに。
くやし涙のほうが多いことくらい、

小さなうしろ姿からでも分かる。



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しかし、相田みつをの書は、
その通りなのだろうけれど、
勝者にも敗者にも、

贈る気にはなれない。



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  1. 2016年08月12日 13:57 |
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感動についてのn個の一考察 5/x


ミシェル・ペトルチアーニは、
日本では、さほど名を知られていない。

この国で感動を仕掛けることができるのは、
盲目のピアニストや、全聾の作曲家や、

つまり、見かけがきれいな障害である。
この国には、美しい心の持ち主が多いから。



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しかし、相田みつをの書は、
その通りなのだろうけれど、

その通りとは言いたくない。



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  1. 2016年08月12日 11:53 |
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感動についてのn個の一考察 4/x



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しばらくして、僕は、
ペトルチアーニが障害を抱えていて、
身長が1mに満たないことを知る。
彼は、先天性の骨形成不全症で、
全身の数十か所を骨折しながら生まれてきた。

    僕が幸運だったのは、
    骨形成不全症のピアニストを好きになったのではなく、
    好きになったピアニストが骨形成不全症だったことだ。


例えば、貧しい家庭に育ったとか、
下積みの頃の苦労話とか、
音楽以外の物語を盛り込んで感動を仕掛けられると、
僕は、そんなもので音楽の評価が左右されるべきではない、
と反感を持ってしまう。

    障害を克服したエピソードなど知らなくても、
    僕には、ペトルチアーニの音楽は素晴らしい。
    だから、障害を克服したことが素晴らしくなる。

    ペトルチアーニが素晴らしくなる。




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  1. 2016年08月09日 22:38 |
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感動についてのn個の一考察 3/x



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初めて聴いたペトルチアーニのアルバムは、
「エスターテ」、
1982年のピアノトリオ。

明るくて、湿度が低くて、叙情的。
巧い人が、余裕でピアノを弾いている。
19歳の若さで、力を抜いている。

落ち着きと、自信が憎たらしい。
ペトルチアーニは、悩みなんてないような、
能天気な人だと思った。

この出会いはよかった。
その時、僕は、まだ、
彼の病気のことを知らなかったから。

彼の病気を知っていたら、
どこかで引っかかって、
そんな印象を持つことはなかっただろう。

彼を能天気だと思えたのは、
僕が能天気だったからにほかならないが、
それでも、僕は、僕の受けた印象が、

間違いではなかったと思っている。



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  1. 2016年08月09日 12:12 |
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感動についてのn個の一考察 2/x


オリンピックゲームの、
陸上男子100mの決勝は、
日本時間で、15日の午前。
―― 100mの最速は、9秒58、ウサイン・ボルト、
―― 2009年の世界陸上。

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    http://about.puma.com/en/this-is-puma/business-units/running-and-training



100mを走る速さを競い合う、
極めて単純なゲームに、
おもしろさはあるのだろうか。
―― 僕とは関係のない他人が集まって、
―― 勝敗を決める競争に。

例えば、選手たちの紹介もせず、
同じ服を着せ、同じ覆面を被せる。
選手たちは、勝敗を賭けて全力で走り切る。
―― 勝敗がついても、観ている者には、
―― 誰が勝ったのかは知らされない。

それを観ている僕に生まれる気持ちが、
100m走の混じりっ気のない感動とすれば、
どんな感動があるのだろうか。
―― きっと、僕に生まれるのは驚きで、
―― 僕が驚くのは、卓越した速さだ。

名前を隠しても、国籍を隠しても、
記録を隠しても、何を隠しても、
きっと、その驚きだけは消せない。
―― だから、選手は驚かせなければだめだ。
―― 速くなければ困る。

オリンピックゲームは、
僕を驚かせる身体能力を備えた人たちが、
集まって競い合う。
―― オリンピックゲームとは、
―― 僕を感動させることの約束である。



速さを本質とみなせば、
速さのほかに得られる感動は、
感動を誘う仕掛けによることになる。
―― つまり、よくある感動という現象は、
―― 観る者に施された仕掛けである。

競争のおもしろさは、誰と誰が競って、
どのようにして勝ったのかを、
比較することにある。
―― 競争そのものは、たいしておもしろくはない。
―― 自分が走るわけではないから。



それにしても、9秒58、
ウサイン・ボルトが保持する記録は、
多くの屈辱の記録になった。
―― 才能に恵まれ、自分には走ることしかないと決め、
―― 他人の何倍も努力を重ねて、

―― それでも超えられない人たちにとっては。



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  1. 2016年08月08日 18:41 |
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感動についてのn個の一考察 1/x


こう‐さつ 【考察】
[名](スル)物事を明らかにするために、
よく調べて考えをめぐらすこと。
―― goo国語辞書

では、感動についての考察、とは、
よく調べた事実から、
感動とは何かを明らかにするために、
考えて、結論を示すこと。

一考察とは、考えの中の一つ。
n個で一考察になるのか、
一考察がn個あるのかは、
僕にも、まだ分からない。

まずは、「考察」について、
調べてみた。
「感動」については、
調べることはないけれど、

感じたことを書いてみる。



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  1. 2016年08月07日 13:17 |
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