FC2ブログ

tetsugaku poet

qinggengcai

物語論 ―― ノヴァーリスに添って 28/28


>幸せには、何らかの決定的な要素があって、
>それを手に入れることで幸せになれる、って思っている。
>どこかに幸せになる方法があって、
>それを再現すれば幸せになれる、って考えている。

幸せ、ってことを、何か単一の、
または、限定された複数の要素に帰属させ、
或いは、特定の要因に強い因果性を求めている。
本質、なんてことを考えている。

僕たちは、身の回りにいる幸せそうに映る人たちや、
幸せそうな、って理想化されているイメージで、
幸せ、なんて言葉を使っているけれど、
そこから本質が取り出せるだろうか。



    210119g.jpg

    ―― Giada Gatti



>そのまま、文字通りにも、比喩的な行為でも、
>旅に出ることはストーリーの基本だ。
>物語なら、主人公は、知らない世界に行って、
>新しいことを経験して、成長して帰ってくる。

物語なら、幸せは、出会いや、別れや、努力や、偶然や、
信頼や、裏切りや、成功や、失敗や、挫折や、
非決定的で、多様な経路を辿って成り立つものだ。
物語の本質を取り出せば、それは、構築であり、

自分自身を形成し、意味づける実存である。



―― 以下、余談。
    …… 詩は、無用な形成物 ――
    自己自身を形成するもの ―― である。…… [35]

    ―― ノヴァーリス作品集 第3巻 夜の賛歌・断章・日記
    ―― /今泉文子 訳、2007、ちくま文庫

    友よ、大地は貧しい。
    ささやかな収穫を得るためにも
    ぼくらはたっぷりと種を播かなければならない。[扉書]

    ―― 花粉/ノヴァーリス作品集 第1巻 サイスの弟子たち・断章
    ―― /今泉文子 訳、2006、ちくま文庫



    201226g.jpg



201203.gif

テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2021年01月31日 00:00 |
  2. 物語論
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:8

物語論 ―― ノヴァーリスに添って 27/28


>意味は、読み手や、聞き手の創作であり、
>作者が意味まで述べてはならない。
書き手が、意味までくどくど書かなきゃならないのは、
だめなプロットで、失敗した物語である。



さて、今頃になって、今更ではあるが、紹介が遅くなった。
あまり聞き馴染みのない名前だと思われるが、ノヴァーリスは、
ドイツ、ロマン主義の詩人、小説家、思想家、鉱山技師。
1772年5月に生まれて、1801年3月に28歳で死んだ。



    210119f.jpg

本名は、Georg Philipp Friedrich von Hardenberg、
ゲオルク・フィリップ・フリードリヒ・フォン・ハルデンベルク。
1798年4月の断片集「花粉」は、
ノヴァーリスのペンネームでのデビュー作。



    Wir suchen überall das Unbedingte,
    und finden immer nur Dinge.

    われわれはいたるところに絶対的なもの
    〔無制約なもの das Unbedingte〕を探し求めるが、
    見出すのはいつも事物〔Dinge 〕だけである。[1]

    ―― Blüthenstaub/Novalis
    ―― 花粉/ノヴァーリス作品集 第1巻 サイスの弟子たち・断章
    ―― /今泉文子 訳、2006、ちくま文庫



ノヴァーリスとは、ラテン語で「新しく開墾された土地」のこと。
彼には時間的な制約があり、その期間は3年足らずである。



―― 以下、余談。
    Freunde, der Boden ist arm, wir müßen reichlichen Samen
    Ausstreun, daß uns doch nur mäßige Erndten gedeihn.

    友よ、大地は貧しい。
    ささやかな収穫を得るためにも
    ぼくらはたっぷりと種を播かなければならない。[扉書]

    ―― Blüthenstaub/Novalis
    ―― 花粉/ノヴァーリス作品集 第1巻 サイスの弟子たち・断章
    ―― /今泉文子 訳、2006、ちくま文庫



    201226g.jpg



201203.gif

テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2021年01月30日 00:00 |
  2. 物語論
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

物語論 ―― ノヴァーリスに添って 26/28


>子どもたちは、幸せ、がどこかにあって、
>それを持ち帰ることができる、と思っていたのか。
僕たちは、もちろん、そこまで馬鹿ではなくて、
青い鳥を探しに行った子どもたちよりは、
幾分かは利口なつもりでいる。

しかし、幸せを、何か絶対的なものごと、
何か本質的なものごとに求めるのなら、
僕たちは、子どもたちと大差はない。
幸せには、何らかの決定的な要素があって、
それを手に入れることで幸せになれる、って思っている。

どこかに幸せになる方法があって、
それを再現すれば幸せになれる、って考えているが、
示された正解は、どこかの、誰かの幸せであり、
示された方法は、どこかの、誰かが幸せになった方法である。
それらが、自分の幸せになるとは限らない。

手ぶらで帰ってきた子どもたちは、
夢から醒めて、そのことに気づいた。



    210119e.jpg

    ―― Giada Gatti



―― 以下、余談。
    われわれはいたるところに絶対的なもの
    〔無制約なもの das Unbedingte〕を探し求めるが、
    見出すのはいつも事物〔Dinge 〕だけである。[1]

    ―― 花粉/ノヴァーリス作品集 第1巻 サイスの弟子たち・断章
    ―― /今泉文子 訳、2006、ちくま文庫



201203.gif

テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2021年01月29日 00:00 |
  2. 物語論
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:12

物語論 ―― ノヴァーリスに添って 25/28


>>そもそも、悲しみ、なんてものは、
>>一つの同じ意味には纏(まと)められない。
>悲しみも、一つではなく、
>人の数だけあっていい。

幸せ、だって、愛、だって、何だって、
一つの同じ意味には纏められない。
生の意味も、死の意味も、一つではなく、
人の数だけあっていい。

>例えば、メーテルリンクの小説「青い鳥」では、
>幸せの青い鳥を連れて帰ろうとしたら、
>黒くなったり、死んだりする。
>幸せ、ってのは、きっと、そういうことだ。

子どもたちは、幸せ、がどこかにあって、
それを持ち帰ることができる、と思っていたのか。



    210119a.jpg

    ―― Giada Gatti



―― 以下、余談。
    Wir suchen überall das Unbedingte,
    und finden immer nur Dinge.

    われわれはいたるところに絶対的なもの
    〔無制約なもの das Unbedingte〕を探し求めるが、
    見出すのはいつも事物〔Dinge 〕だけである。[1]

    ―― Blüthenstaub/Novalis
    ―― 花粉/ノヴァーリス作品集 第1巻 サイスの弟子たち・断章
    ―― /今泉文子 訳、2006、ちくま文庫



    201226g.jpg



201203.gif

テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2021年01月28日 00:00 |
  2. 物語論
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6

物語論 ―― ノヴァーリスに添って 24/28


>物語とは、読み手の、主体的な行為である。
どんなに小さな物語でも、
物語として読むのなら、聞くのなら、
諸事件の連続を越えてくる。

物語を読むこと、聞くことは、
物語の読み手や、聞き手が、
物語の全体に意味を与えるために、
諸事件について考えることである。

物語は細部に宿るが、その全体は、
部分の総和を越える系である。



    210109a.jpg

    ―― Giada Gatti



意味は、読み手や、聞き手の創作であり、
作者が意味まで述べてはならない。
全体の意味は、読み手や、聞き手のものである。
何がおもしろいのかを、

説明しなきゃならない笑い話なんて、
笑えるわけがないだろう。



―― 以下、余談。
    …… 歴史家というものは、当然、
    詩人でもなければならないと思われます。
    さまざまな出来事をしっくりと
    結びつける件(くだん)の技法に習熟しているのは、
    もっぱら詩人だけでしょうからね。
    詩人が語る物語や寓話のなかに、
    生の神秘な精神〔霊〕を感じとるかれらの
    繊細な感覚が息づいているのに気づいて、
    ひそかな喜びをおぼえたものです。
    かれらの語るおとぎ話のほうが、
    しかつめらしい年代記よりも
    ずっと真理が含まれています。
    たとえその登場人物や運命が
    拵(こしら)えものであったとしても、
    それが拵えられたときの思いは、
    真実で、自然なものです。
    わたしたちが自分の運命を重ねてみる登場人物が
    実在したかどうかは、おとぎ話を楽しんだり、
    そこから教訓を得たりするうえで、
    ほとんどどうでもよいことなのです。

    ―― 青い花/ノヴァーリス作品集 第2巻 青い花・略伝
    ―― /今泉文子 訳、2006、ちくま文庫



ちくまの訳、「真理」よりも、
僕なら、岩波の「真実」がいい。
歴史は、主観的なものである。
>真実は、どこにも保存されていない。

>たとえ、記録があったとしても。
>真実とは、事実に対する解釈である。



    …… 歴史家はどうしても
    詩人でなければならないように思われます。
    多くの事件をたくみに結びつける技術を
    よく心得ているのは詩人だけですから。
    私は詩人の作る物語や寓話に、
    人生の神秘な生命を感ずる繊細な感情をみとめて
    ひそかに満足の感じを持っていました。
    詩人の童話には、学術的な年代記よりも、
    多くの真実がふくまれています。
    その中の人物や運命は作為であるとしても、
    作為する精神は真実です。
    我々は作中の人物の運命のうちに
    我々自身を感じるものですが、
    その人達が実際に
    過去に生存していたかどうかということは、
    我々を楽しませる上には
    いわばどうでもよいことなのです。

    ―― 青い花/ノヴァーリス 著
    ―― 青山隆夫 訳、1989、岩波文庫



201203.gif

テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2021年01月27日 00:00 |
  2. 物語論
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6

物語論 ―― ノヴァーリスに添って 23/28


>そもそも、悲しみ、なんてものは、
>一つの同じ意味には纏(まと)められない。
悲しみも、一つではなく、
人の数だけあっていい。

王妃の悲しみは、かつてのように、
散財できなくなった悲しみなのかもしれない。
権力が弱められた悲しみ、
他人から承認されなくなった悲しみ、

要求が通らなくなった悲しみ、
借財や、保証が制限された悲しみ、
そんな悲しみが積み重なって、
死にたくなったのかもしれない。

そんなのは悲しみと呼ばない者もいる。
逆に、そんな悲しみしか知らない者だっているが、
しかし、そんなのが悲しみなら、
悲しみは、容易に怒りに変換されそうだ。

王妃は、心の中で、亡き王に、
舌打ちをしている自分を見つけるだろう。
それだって、王妃と、一部の読み手にとっては、
悲しんでいることには変わりはない。

ほかの悲しみを知らないのだから。



    210119h.jpg

    ―― Giada Gatti



―― 以下、余談。
    誤った信念や見解はみな ――
    目的と手段の取り違えに由来する。[44]

    ―― 信仰と愛、または王と王妃
    ―― /ノヴァーリス作品集 第3巻 夜の賛歌・断章・日記
    ―― /今泉文子 訳、2007、ちくま文庫

    情熱を陶冶する ―― 情熱を手段として用いることによって、
    また、たとえば愛する人の自我との
    緊密な結びつきといった美しい観念の媒体として、
    情熱を自由意思で維持することによって。
    怒りのたぐいは、礼を失した不作法なもの ――
    真に人間的な倫理的作法の欠如 ―― である。[209]

    ―― ノヴァーリス作品集 第1巻 サイスの弟子たち・断章
    ―― /今泉文子 訳、2006、ちくま文庫

    …… ―― つまり、われわれは、なにをいかに為すのかを知り、
    知っていることを知っているように為したいのである ―― …… [49]

    ―― ノヴァーリス作品集 第3巻 夜の賛歌・断章・日記
    ―― /今泉文子 訳、2007、ちくま文庫



201203.gif

テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2021年01月26日 00:00 |
  2. 物語論
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6

物語論 ―― ノヴァーリスに添って 22/28


    われわれは、ストーリーを、
    時間的順序に配列された諸事件の叙述である
    と定義してきました。
    プロットもまた諸事件の叙述でありますが、
    重点は因果関係におかれます。
    <王が亡くなられ、
    それから王妃が亡くなられた>
    といえばストーリーです。
    <王が亡くなられ、
    それから王妃が悲しみのあまり亡くなられた>
    といえばプロットです。……
    ストーリーならば、<それからどうした?>といいます。
    プロットならば<なぜか?>とたずねます。

    ―― 小説とは何か/エドワード・モーガン・フォースター 著、
    ―― 米田一彦 訳、1969、ダヴィッド社



諸事件を時系列に並べれば、
a、王が死んで、
b、王妃が死ぬ。
というストーリー。
それは事実で、誰が観察しても変わらない。

物語なら、通常は、
aとbとの間には、時間的な隣接ともに、
因果的な継起の関係がある。
読み手は因果関係を作ろうとするが、
aとbだけでは、手掛かりがない。

因果関係によって、真実が語られる。
a、王が死んで、
b、王妃が悲しむことによって、
c、王妃が死ぬ。
なんていうプロットが作られる。

真実は、どこにも保存されていない。
たとえ、記録があったとしても。
真実とは、事実に対する解釈である。
だから、真実も、プロットも、
人の数だけあっていい。

因果関係も、人の数だけあっていい。
たいして悲しまなくても、
王妃は死んだのかもしれないし、
死にたくなるほど悲しんでも、
死ねない王妃だっているだろう。

そもそも、悲しみ、なんてものは、
一つの同じ意味には纏(まと)められない。



    201218f.jpg

    ―― Giada Gatti



―― 以下、余談。
    だが理性は、各人にみずからの立法者たれと
    要求するのではないか。
    人間がしたがうべきは、
    みずから定めた法だけである、と。[64]

    ―― 信仰と愛、または王と王妃
    ―― /ノヴァーリス作品集 第3巻 夜の賛歌・断章・日記
    ―― /今泉文子 訳、2007、ちくま文庫

    自分を事物に合わせるか、事物を自分に合わせるか ――
    は、同じことである。[268]

    ―― ノヴァーリス作品集 第1巻 サイスの弟子たち・断章
    ―― /今泉文子 訳、2006、ちくま文庫



    210110a.jpg



201203.gif

テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2021年01月25日 00:00 |
  2. 物語論
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

物語論 ―― ノヴァーリスに添って 21/28


ノヴァーリスの小説「青い花」には、
詩について、詩人について、
説明したい、伝えたい、
って思いが充満している。

もとより、説明したい、ってのは、
説明できない、って気持ちから生まれる。
そもそも、伝えたい、ってのは、
伝わらないことだから、伝えたい。

おおむね、言語の不自由さを、
跳び越えようと試みるのが詩で、
そんなものについての主観的思考の説明など、
おおよそ、理解されるとは思えない。

自分の深層と表現を一致させて、
考えや想いを、読み手に蘇(よみがえ)らせることなど、
最初から、失敗することが目に見えている。
言いたいことは、いつだって、

もとより、うまく言えないことである。



    201218d.jpg

    ―― Giada Gatti



    210110c.jpg

    跳び越えようとする試みは、絵画でもいい、音楽でもいい。



―― 以下、余談。
    …… 絵画と素描はいっさいを平面に ―― 平面現象に ―― 置き換える。
    音楽はいっさいを運動に置き換える。
    詩はいっさいを語と言語記号に置き換える。[582]

    ――
ノヴァーリス作品集 第3巻 夜の賛歌・断章・日記
    ―― /今泉文子 訳、2007、ちくま文庫



201203.gif

テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2021年01月24日 00:00 |
  2. 物語論
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

物語論 ―― ノヴァーリスに添って 20/28


アホみたいな説明になるけれど。
ユーザーインターフェース、ってのを、
僕が直訳するのなら、利用者界面で、

何の利用者か、っていえば、世界の利用者で、
水素原子の1つも作り出せない僕たちなら、
この世界の利用者と言うほかはないと思っている。

界面活性剤、ってのを、
僕がパラフレーズするのなら、
界面に作用して、活性化させる添加剤で、

詩は、ユーザーインターフェースと僕自身を、
ウタマロクリーナーをふりかけて洗うようなもの、
なんて喩えは、やはり、アホみたいだろうか。

中性だから、素材を傷めないし、身体にも優しい。



    201226h.jpg



―― 以下、余談。
    Ein Alcahest scheint über die Sinne
    der Menschen ausgegossen zu seyn.
    Nur augenblicklich scheinen ihre Wünsche,
    ihre Gedanken sich zu verdichten.
    So entstehen ihre Ahndungen,
    aber nach kurzen Zeiten schwimmt alles wieder,
    wie vorher, vor ihren Blicken.

    人間の五官の上には、一種の万物溶解液がふりかけられているらしい。
    人間の願望と思念は、ほんの一瞬、濃密になるかにみえる。
    そうするとさまざまな予感が湧く。
    だが、それもつかの間、いっさいはふたたび元のように、
    みるみる朧にかすんでいってしまうのだ。
    
    ―― Die Lehrlinge zu Sais/Novalis
    ―― サイスの弟子たち/ノヴァーリス作品集 第1巻 サイスの弟子たち・断章
    ―― /今泉文子 訳、2006、ちくま文庫

    Es ist recht übel, sagte Klingsohr,
    daß die Poesie einen besondern Namen hat,
    und die Dichter eine besondere Zunft ausmachen.
    Es ist gar nichts besonderes.
    Es ist die eigenthümliche Handlungsweise des menschlichen Geistes.
    Dichtet und trachtet nicht jeder Mensch in jeder Minute?

    「じつに由々しきことは」とクリングゾールが言った。
    「詩が特別な名をもったり、
    詩人が特別の団体を形成したりすることだ。
    なんら特別なことではないのだよ。
    それは人間精神に固有の行動様式なのだ。
    人間はだれしも、いつだって創り〔詩作し〕、
    努力しているのではないかね。」

    daß Schicksal und Gemüth Namen Eines Begriffs sind.

    心情と運命とは、同じひとつの概念を表わす名前だ……

    und die Bibel und die Fabellehre sind SternBilder Eines Umlaufs.

    聖書と寓話は同じひとつの軌道をめぐる星座なのです。

    ―― Heinrich von Ofterdingen/Novalis
    ―― 青い花/ノヴァーリス作品集 第2巻 青い花・略伝
    ―― /今泉文子 訳、2006、ちくま文庫



    201218b.jpg

    ―― Giada Gatti



201203.gif

テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2021年01月23日 00:00 |
  2. 物語論
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

物語論 ―― ノヴァーリスに添って 19/xx


>物語なら、主人公は、知らない世界に行って、
>新しいことを経験して、成長して帰ってくる。
>たいていは、そんな、よくあるストーリーに集約される。
>そのまま、文字通りにも、比喩的な行為でも、
>旅に出ることはストーリーの基本だ。

郷愁とは、いたるところを家郷にしたいという衝動、
って、ノヴァーリスは言う。
家にしたい、ってことは、家にはしていない。
同様に、郷愁、ってことは、故郷にはいない。
故郷は、遠くにありて想うものだ。

郷愁は、異郷者の衝動であるが、
僕なら、ことさらに、郷愁に駆られることはない。
異郷者なら、彷徨(さまよ)う者として、
彷徨い続ける自分を保ち続ける。
いつの日にか帰らん、なんて思っていても、

もはや、必要とはしていない。
郷愁も、哲学も、それから始まることである。



    201218q.jpg

    ―― Giada Gatti



―― 以下、余談。
    哲学とは、そもそも郷愁であり ――
    いたるところを家郷としたいという衝動である。[857]

    ―― ノヴァーリス作品集 第3巻 夜の賛歌・断章・日記
    ―― 今泉文子 訳、2007、ちくま文庫

    「でも、詩人には、人間は運命を支配できるという
    確固たる信念が必要なのではないでしょうか。」
    「もちろん必要だとも。
    運命についてじっくり考えれば、
    詩人には、それが支配できないものとは思えないからね。……」

    「故郷をほんとうに知ったのは」とハインリヒは答えた。
    「そこを離れ、よその土地を
    方々見てまわってからのことです。……
    いまにしてぼくは、故郷がぼくの幼いものの考えを
    褪せることのない色彩で染めあげ、
    故郷の心象がぼくの心情を不思議に暗示していたということを、
    よく感じるのです。
    そして、心情と運命とは、同じひとつの概念を
    表わす名前だということが深くわかってくるにつれ、
    ますますその暗示が推察できるようになってきたって。」

    ―― 青い花/ノヴァーリス作品集 第2巻 青い花・略伝
    ―― /今泉文子 訳、2006、ちくま文庫



    210110b.jpg



201203.gif

テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2021年01月22日 00:00 |
  2. 物語論
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2