馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

逃げ切れない 6/6


愛もいらない、優しさもいらない、
そんなものは、後回しでいい。
        考える、という仕事を、
        感情にさせてはならない。
嘘は、愛や、優しさや、平和や、
反論を許さない言葉に紛れ込む。
        きれいで、正しくて、逆らえない言葉が、
        人の思考を停止させる。

人を傷つけるのは、
汚い言葉ばかりではない。
        愛の、とか、真実の、とか、
        神の、正義の、本当の、とか、
人が人を裏切るときは、
決まってそんな言葉が添えられる。
        愛の、とか、真実の、とか、
        そんな枕詞で飾らなければ、
愛にも真実にもならないような説明は、
僕には、愛や真実には思えない。
        それらの、きれいな表現が、
        適切に用いられているか、
いないかについての、
判断さえも僕とは異なる。
        そんな分かり合えなさは、
        少なからず、僕を消耗させる。

愛の、とか、真実の、とか、
僕にとっても大切な言葉なのに、
        乱発されて、大安売りされて、
        インフレを起こして、価値が下げられて、
もはや、意味が抜け落ちているのが悲しい。
替えのきかない言葉なのに。

        スピには問題は生じない。
        問題を共有できない。
スピは、スピと共存しなければならない、
僕たちの問題である。

        どうして、スピは跳び越えるのだろう。
        宇宙の法則まで飛んでしまうのだろう。
どうして、身の丈よりも、
大きな愛を語るのだろう。
        毎日の、小さな不思議や、
        小さな愛についても考えていないのに。
散らかったままの、
身の周りを置き去りにして。

        例えば、すぐ近くにいる誰かが、
        悲しんでいる理由は、
宇宙の法則では、
分かるはずもないのに。
        その口癖になっている、
        きれいな言葉が、

        人を傷つけることも知らずに。



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  1. 2016年12月11日 20:53 |
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逃げ切れない 5/6


スピが希求するワンネスは、
一つであること、
みんなが精神的に一つになり、
争いがなくなること。
        ただし、スピの発見のように、
        取り立ててワンネスなどと言わなくても、
        イスラム国も、北朝鮮も、
        それぞれのワンネスを作ろうとしている。
        ―― 互いのワンネスを、
        ―― 互いに認めないだけのこと。

地上から争いがなくなることは、
ワンネスの期待だが、
ワンネス自体は、期待ではない。
すでにかなえられていなければならない。
        僕たちの、ばらばらに分かれた小さな脳が、
        一つの同じ思考を持ったとしても、
        そのときに、宇宙が在り方を変えてくるとは、
        僕には、到底、思えない。
        ―― ワンネスは、新しい世界の創造ではない。
        ―― 現状の世界の追認である。

地上に対立があっても、
僕たちに、愛や、優しさが欠けていても、
それらは、ワンネスを壊さない。
すでにあるワンネスとは関係がない。
        そして、僕たちが、すでに、
        ワンネスの世界にいるとすれば、
        さらにワンネスを目指すことは、
        それは、ワンネスからの離反である。
        ―― ワンネスを作ろうとすることは、
        ―― ワンネスを破壊することである。

などと、書き並べても、
スピには、僕の言葉は通じない。
スピの人たちを変えることはできないから、
スピの人たちの問題ではない。
        正しさを価値としない、
        言葉の通じない人たちを、
        どうやって受け容れて、折り合うか、
        スピとは、そんな僕たちの問題になる。
        ―― 「みんなちがって、みんないい」のは、
        ―― 尊重できない個性である。



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  1. 2016年12月11日 12:54 |
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逃げ切れない 4/x


金子みすゞの、
「みんなちがって、みんないい」は、
余計なものが足されて、
個性の尊重なんて添加物だけが、
独り歩きをしているけれど。

小鳥も鈴も、それぞれにかわいくて、
肯定される個性だから、
みんないい、なんて確認をしなくても、
誰でも、いいのは分かっている。
お互いに、個性を尊重し合える。

しかし、飛べない小鳥や、
鳴らない鈴なら、
認められない自分なら、
みんなといっしょがいい、
そう言うだろう。

みんなといっしょになりたい、
そう願うだろう。
尊重できる個性なら、
誰でも尊重できるから、
個性の尊重というときの個性は、

尊重できない個性である。



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  1. 2016年12月10日 12:08 |
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逃げ切れない 3/x


詩に登場するのは、
私と、小鳥と、鈴なのに、
他の人たちを持ち出して、
別の何かを語ろうとする発想には、
必ず、嘘が紛れ込む。

他人を、小鳥や鈴くらいに扱う、
そんな発想なら僕にも分かる。
その是非はともかくとして、
小鳥や鈴に引きずられて、
他人が出てきた理由は分かる。

「みんなちがって、みんないい」、
おそらく、みんなもそう思っているし、
僕もそう思っている。
しかし、おそらく、自分については、
今のままではよくないと思っている。

みんなと呼ばれる各自が、
今の自分をよくないと思っているとしたなら、
「みんなちがって、みんないい」、
それは、直ちに破綻する。
論理的には、崩れてしまう。

個性を尊重する、などと言いながら、
個性の主体が見えていないのだろう。
そして、この詩を、
書き手の個性を尊重して読むことも、
できなくなっているのだろう。

僕は、金子みすゞに沿って読む。
余計なものは、何も足さない。


        私が両手をひろげても、
        お空はちっとも飛べないが、
        飛べる小鳥は私のやうに、
        地面(じべた)を速くは走れない。

        私がからだをゆすっても、
        きれいな音は出ないけど、
        あの鳴る鈴は私のやうに、
        たくさんな唄は知らないよ。

        鈴と、小鳥と、それから私、
        みんなちがって、みんないい。

        ―― 「私と小鳥と鈴と」/金子みすゞ



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  1. 2016年12月09日 12:53 |
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逃げ切れない 2/x


私が両手をひろげても、
お空はちっとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のやうに、
地面(じべた)を速くは走れない。

私がからだをゆすっても、
きれいな音は出ないけど、
あの鳴る鈴は私のやうに、
たくさんな唄は知らないよ。

鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがって、みんないい。

―― 「私と小鳥と鈴と」/金子みすゞ


僕も、同意しよう。
みんな違って、みんないい。
人もみんな違うし、
それでいいと思う。

みんな違って、みんないいのに、
もしも、今、
自分で自分のことが嫌いなら、
論理的には、崩れてしまう。

ここは、誰にとっても、
自信が持てないところ。
気づいていなければ、
迷いも、揺れもないけれど。

それとも、みんな自分のことが、
疑いもなく好きなのだろうか。



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  1. 2016年12月08日 12:51 |
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逃げ切れない 1/x


「……戦争が起こる少し前に、
愛の度数が700度かそれ以上ある
よい種を有している人だけ選んで助けたんだ。
助けるに値する人は、
ほんのわずかだったよ」

「……何の利害もなく、
人のために尽くしている人はみな、
700度以上あるんだよ」
―― アミ 小さな宇宙人/エンリケ・バリオス 著、
―― 石原彰二 訳、2000、徳間書店


大切なことは、「何の利害もなく」、
それだけだと思う。
それ以外は、気持ちが悪いから受け付けない。
愛の度数も、700度も、よい種も、
選んでも、助けたも、まったく同意しない。

狭量な僕の、愛の度数は、
極めて低いと思われる。


僕は、この本を読んだ子供が、
自分が助かりたいという、
かつては持っていなかった利害を、
持ってしまわないことを祈る。
間違っているから、持たないでほしい。

ほかの誰かによって、
人が選ばれることや、
捨てられることを、
認めてしまわないことを祈る。
間違っているから、認めないでほしい。

助かりたいから他人を愛する、
そんな発想は、他人よりも、
理由が大切になってしまうから。
愛の度数を上げることが、
他人よりも大切になってしまうから。

そんなものは、愛とは呼ばないから、
どうか、忘れてほしい。


大切なことは、贈る側は、
理由もないのに与えること。
理由がないのに与えたり、
受け取ったりするのは変だけど、
それでも、贈られる側は、

理由を受け取らないこと。
僕たちは、そんな変てこさを愛と呼ぶ。


愛とは、持っていないものを与えることである
L'amour, c'est donner ce qu'on n'a pas
―― ジャック・ラカン、セミネール第5巻
―― Jacques Lacan, Le Séminaire livre V
―― Les formations de l'inconscient 1957-1958

私は、私があなたに贈るものを
拒絶してくれるようあなたに頼む
なぜならそれではないのだから
Je te demande de me refuser ce que je t'offre parce que
: c'est pas ça
―― ジャック・ラカン、セミネール第19巻
―― Jacques Lacan, Le Séminaire livre XIX …ou pire 1971-1972



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  1. 2016年12月06日 22:26 |
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反-反スピリチュアル 9/9


スピは、現世利益的で、
自己中で、たいして利口でもないから、
開き直ったほうがいい。
        正しさはどうでもいいから、
        幸せに、楽ちんに生きたい、
        その気持ちは隠さないほうがいい。
きれいな言葉で飾るから、
かえって薄汚くなる。
ますます馬鹿っぽくなる。
        反スピばかりを並べてきたから、
        最後に、反-反スピで結ぶ。
        例えば、こんな正直なスピなら、

        僕は、まったく反論しない。


        輪廻転生が、どんな意味を持つものでも、
        意味を問うのをやめる。
        どうせ、僕たちは、その意味には沿えない。
                僕も含めて、みんな、
                ぶっちゃけ、努力が嫌いだと思う、
                考えることが苦手だと思う。
        だから、現世で努力しなくても、
        現世で考えなくても、
        来世で努力する、来世で考える。
                来世で、努力できる自分になれたなら、
                考える力を持つ自分になれたなら、
                その時に努力する、考える。
        どうやら、現世の僕は、
        がんばれないキャラらしい。
        だから、先延ばしにさせてほしい。
                どうにも、やる気がしない僕を、
                いつまでたっても、あいかわらず、
                やる気にさせないシステム、

                僕なら、それを輪廻転生の意味にする。


        ワンネスが、どんな意味を持つものでも、
        意味を問うのをやめる。
        どうせ、僕たちは、その意味には沿えない。
                水を魂として、コップを身体とするとき、
                人生を終えれば、コップの水は海に戻り、
                水はひとつで区別がつかない。
        魂は別々に分かれているけれど、
        再びひとつに統合されるなら、
        僕の努力は、跡形もなく薄められてしまう。
                それは共産主義みたいなもので、
                がんばって努力したら負け、
                がんばって考えたら損をしてしまう。
        どうやら、現世の僕は、
        勝ち負けや、損得が価値判断の基準らしい。
        だから、負けたくない、損はしたくない。
                どうにも、やる気がしない僕を、
                いつまでたっても、あいかわらず、
                やる気にさせないシステム、

                僕なら、それをワンネスの意味にする。



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  1. 2016年12月05日 23:12 |
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反-反スピリチュアル 8/9


スピにとっては、
宗教ではないつもりでも、
輪廻は、宗教の最たるもの、
宗教の教義の代表格である。
もちろん、スピの発明ではない。
        スピが輸入して、販路を拡大しているが、
        密輸だから、使用上の注意も取説もなく、
        スピの輪廻は、単純に人の生命を相対化する。
        誰かが、648回目の人生を、
        生きている話を信じれば、
        ―― 人の生命の価値は、
        ―― 648分の1になってしまう。

スピが輪廻を信じるのなら、
この結果は必然であり、
この思考を止めることはできない。
それでも、自分の生命が、
軽くなるだけなら構わない。
―― 問題は、当然の帰結として、
―― 他人の生命も軽くなることである。

他人を軽く扱うことと引き換えに、
自分は幸せに、楽ちんになれるが、
この自己中さは、その自己中さゆえに、
自分の価値を下げることに失敗し、
他人を軽く扱うだけの結論に終わる。
―― 他人を軽く扱うことで、
―― 自分が軽くなったような気分にはなれる。

僕は、一度きりだと思って、
この生命を生きている。
自分の生命を大切にしないのに、
他人の生命を大切にできるわけがない、
そう思って生きている。
        他人を大切にしないのに、
        他人から大切にされるわけがない、
        他人から大切にされないのに、
        自分を大切に思えるわけがない、
        だから、誰の生命も重く扱う。
        ―― 僕は、スピよりも正しく、
        ―― スピからの反論は受け付けない。



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  1. 2016年12月05日 12:04 |
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反-反スピリチュアル 7/x


とにかく、スピは強い。
原理主義よりも強いと思う。
原理主義者には、正しさがある。
論理的な説得は困難だけれど、
それでも、崩すべき正しさがある。

スピには、正しさがない。
正しさはどうでもいいから、
幸せに、楽ちんに生きたい、
そんな思考に対しては、
どんな説得も力を持たない。

愛の度数が700の人は救済されるとか、
647回死んで生まれ変わったとか、
たぶん、誰にとっても疑わしいけれど、
その物語が、本当でも、嘘でも、
スピにとってはどうでもいい。

真実の価値が失われている。
それが僕には怖ろしい。
徹底したニヒリズムなのに、
ふわふわとしたフィクションを信じていて、
とにかく、スピは強すぎる。

言葉が通じない人には勝てない。


スピには、嫌悪を感じるけれど、
嫌いなだけなら構わない。
スピには、許せないことがある。
真実に対する価値のほかに、
スピが否定する価値がある。

人は死んでも生まれ変わると思うか、
人生はただ一度きりと思うか、
つまり、輪廻転生を信じるかどうか、
それは、一生を左右する問いであり、
世界観に関わる答である。

なぜ、輪廻転生を信じた方が、
幸せで、楽ちんなのか、
スピは何も考えていないけれど、
僕たちが、スピの側に立って、
それを考えてみれば分かる。

生命の価値が失われるからである。



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  1. 2016年12月04日 19:12 |
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反-反スピリチュアル 6/x


スピは、宗教に似ているけれど、
関心は、自分が幸せになるとか、
自分が救われるとかに留まり、
宗教からは最も遠い。
遠いけれども、あらゆる宗教は、
スピ的な要素を共有している。
―― コウモリ的な、ヌエ的な、
―― スピの正体のつかめなさだと思う。

        スピには、科学的な真理性など、
        最初からどうでもいい。
        考えることが難しいテーマだから、
        学問的な探求によって、
        スピを語ってきた人たちとは、
        まったく言葉が通じない。
        ―― スピとは、かつてのスピからの、
        ―― スピリチュアリティの簒奪(さんだつ)である。

必ずしも、他人はいらないけれど、
自分の成長のための他人は求められる。
根拠のない超越的な何かを作り出して、
それを介在させて他人とつながる。
他人は、他人であるというだけで、
本質的な価値を持つと思うが、
―― おそらく、僕の言葉は通じない。
―― 本質は不必要、利用価値が必要だ。

        他人がツールになれば、
        商業主義に結びつく。
        自分の利益のために他人は求められる。
        水晶でも、祈祷でも、セミナーでも、
        根拠のない超越的な何かを作り出して、
        それを介在させて他人とつながる。
        ―― 本質は不必要、利用価値が必要だ。
        ―― スピと商業は容易に結合する。

        ―― 宇宙人も、霊も、魂も、利用価値であり、
        ―― 同じ構造が、入れ子になっている。



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  1. 2016年12月03日 19:10 |
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