馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

流星ワゴン 3/3


家族について、
うまく考えられないのは、
疑いなく、揺るぎなく、
大切だから。

好きとか、嫌いとか、
そんなことではなくて、
当たりまえに、
大切だから。

選びようがないから。
考えても、考えなくても、
大切でないことを、
選べないから。

大切にできなくても、
大切に思えなくても、
家族が大切でないと、
思うことを自制するから。

考えることは、
当たりまえを疑うことで、
当たりまえなことに、
立ち止まることだけれど、

疑いなく、揺るぎなく、
立ち止まることも、
できないくらいの、
当たりまえさで、

大切にするより、
ほかにないから。



    170304.jpg

    流星ワゴン/重松清 著、
    2002、講談社



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  1. 2017年03月04日 19:41 |
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流星ワゴン 2/3


        家族は、よく分からないけれど。
        とりわけ、父と子については。
例えば、何でも言い合えるとか、
笑顔で、感謝し合えるとか。
        そんな人たちが集まって、
        家族をやっているのも、どうかと思う。
そんなに出来のいい人たちなら、
家族なんてしなくてもいいのに、
        などと、出来の悪い僕なら、
        やっかみながら思う。

        何も言えなくなったとき、
        笑えないし、感謝もしたくないとき。
現在進行形の時制で、
家族という集まりからの、
        要請を充たす行為を選ぶことで、
        それぞれの家族は説明される。
共有された、理想の家族のイメージから、
外れてしまったとき。
        そこから、それぞれの家族が始まる、
        などと、出来の悪い僕なら、

        負け惜しみを言う。



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  1. 2017年02月26日 20:04 |
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流星ワゴン 1/x


        怒っているときに、
        考えごとが捗(はかど)るのは、
きっと、途切れることなく、
誰かの悪口が浮かぶから。

        そのうち、本来の考えごとは、
        悪口に取って代わられて、
考えごとは、いつの間にか、
悪口を考えることになっている。

        考えごとは止まらない。
        もう、悪口しか浮かばないのに。
悪口が浮かばなくなったとき、
考えごとは止まるけれど、
        頭が悪口で埋め尽くされて、
        もはや、もう、何も、

        考えられなくなっている。



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  1. 2017年02月25日 18:02 |
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八日目の蟬 3/3


読みかけの本のページをめくる。
人は、経験によって、
次の行為を選ぶ。
考える人は、いつまでも考え続ける。
優しい人は、きっと明日も優しい。

もしも、今日、僕が、
生真面目に、正直に書くのなら、
それは、今日の文章はもちろん、
すべての文章の生真面目さと、
正直さを説明してくれる。

自分が正しい人は、
執拗に他人を責め続け、
自分を棚に上げる人は、
いつまで経っても下ろさない。
嘘つきは、新しい嘘を思いつく。

それぞれに、
次のページをめくるように。



    170223.jpg

    八日目の蟬/角田光代 著、
    2007、中央公論新社



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  1. 2017年02月23日 12:12 |
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八日目の蟬 2/3


今まで、自明なものとして、
信じられてきたさまざまな価値は、
流行りの歌みたいに薄っぺらになって、
それでも、残り少ない価値として、
僕たちは、家族や親子の関係を共有している。
今も、自明なものとして。

正しいものなどなく、
価値があるものなどない、
それは、冷めた態度と共に、
分かったふりをしてごまかさない、
自分のあり方に満足しない、
熱い構えだと思う。

自分の中に取り込んだ、
よくある正しさで片づけてしまうのなら、
誰と出会っても、何を見ても、聞いても、
どんなにたくさんの本を読んでも、
誰とも出会うことはない。
知識が増えて、もの知りになっても、

自分の視点を固定させるだけだろう。



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  1. 2017年02月16日 21:24 |
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八日目の蟬 1/x


小説が好んで取り上げる主題に、
家族や、親子や、とりわけ母と子があるけれど。

        乱暴に二分して、『晴天の迷いクジラ』では、
        母と子は、置き換え可能なものとして、
対して、『八日目の蟬』では、
替えがきかないものとして描かれる。

        あるいは、子の側からは、置き換えが可能で、
        母の側からは、それが不可能なのかもしれない。



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  1. 2017年02月14日 12:51 |
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ペンギン・ハイウェイ 2/2


例えば、アポロ11号は月に行っていないとか、
地球温暖化は起こっていないとか、
        9.11は自作自演だったとか、
        愛子内親王には複数の影武者がいるとか、

正しい、正しくないはさて置くとして、
踊らされる者が滑稽なのは、
        踊っている者たちをそっくり真似て、
        上手に踊るからである。



    170208b.jpg

    ペンギン・ハイウェイ/森見登美彦 著、
    2010、角川書店



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  1. 2017年02月11日 10:57 |
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ペンギン・ハイウェイ 1/x


愛、優しさ、正義、
民主主義、自由、平等、公平性、
僕は、それらの言葉を、
問いに使うとしても、答には使えない。
自分でも意味が分からないことは書けない。

それらの言葉には、
意味がない、などと、
ひねくれたことを言いたいわけではなく、
逆に、意味が多くて、
結局、何も言っていないことになるから。

よく分からないのに、
分かったふりをしない。
嘘つきな僕でも、
それくらいの正直さは持ち合わせている。
なにより、分かっていることなら、

書く必要もなくなるから。



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  1. 2017年02月10日 12:05 |
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晴天の迷いクジラ 3/3


家族とは、
立ち去らない他者。
留まり続ける子供の自己。

同じ屋根の下、
多くを共有する者たちとの、
逃れようのない関係。

それを共有したくないときの、
接点を持ちたくないときの、
致し方のない所作。

家族の光景は、
いつだって切実で、
なんだか愚かしく、

訳もなく悲しくなる。



    170208a.jpg

    晴天の迷いクジラ/窪美澄 著、
    2012、新潮社



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  1. 2017年02月09日 12:06 |
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晴天の迷いクジラ 2/3


自分の中に、
たくさんの他人が棲んでいると、
常に不一致が生まれる。

一致しないから考えるのであって、
一致する人なら考えない、
というか、考えることを知らない。

考える、ということは、
自分の中から、
立ち去らない他人である。

出て行かない少年である。
追い出せない少女である。



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  1. 2017年02月05日 12:06 |
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