tetsugaku poet

qinggengcai

うんうん、そうそう o(*^ω^*)o~♪


I'm blue.
Are you?

        多くの人が、
        自分は青い、というだろう。
シルヴァスタインが仮託した寓意は、
きっと、そこにある。

        多くの人が、
        自分は少数派だ、というだろう。
すると、自分を少数派だと思っている人が、
多数派を構成し、
        自分を多数派だと思っている人が、
        少数派を構成することになる。

では、自分を少数派と思わない、
むしろ、それが少数派の特性ではないのか。

        I'm red,
        completely.

        Are you?

    171128.gif



        L'amour, c'est donner ce qu'on n'a pas
        ―― Jacques Lacan, Le Séminaire livre V Les formations de l'inconscient 1957-1958
        愛とは、持っていないものを与えることである
        ―― ジャック・ラカン、セミネール第5巻

        Je te demande de me refuser ce que je t'offre parce que : c'est pas ça
        ―― Jacques Lacan, Le Séminaire livre XIX …ou pire 1971-1972
        私は、私があなたに贈るものを拒絶してくれるようあなたに頼む
        なぜならそれではないのだから
        ―― ジャック・ラカン、セミネール第19巻



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  1. 2017年11月28日 19:04 |
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それそれ、その通り (。-`ω´-)ンー


言語において、
私たちのメッセージは<他者>から私たち宛てに到来する。
差出人と受取人が入れ替わって。
―― ラカンの『エクリ』の序文。

書く、ということは、
僕が、誰かに宛てて発信したメッセージを、
まず僕が読むけれど、
それは、他人からのメッセージとして読むことになる。

僕は、青い字の手紙が書きたくて、
でも、書きながら、赤い字として読むことになる。
赤い字の手紙にしないと、
僕にも、誰にも読むことができない。

文章は、本来、他人のフレーズであり、
僕の文章は、その実質は、
多くの他人のフレーズの中から、
僕が選んで、加工したものに過ぎない。

文章を書く、ということは、おおよそ、
他人の赤い字によって書くことからは逃れられない。
しかし、僕が文章を書く動機のほとんどは、
それと僕の青い字との不一致感だろう。

僕たちは、自分が持っていないものを与えて、
それを拒絶してくれるように頼む。
赤い字のメッセージを差し出したくせに、
青い字を受け取れという。

そのような無理難題をふっかけないと、
メッセージを伝えることはできない。



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  1. 2017年11月27日 21:34 |
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うんうん、その通り (。-`ω´-)ンー


僕たちは、峻別する、峻別させる、
そんな手がかりを与えない。



世の中がすべて、赤い貌をした人ばっかりで、そのなかで、たったふたりだけ、青い貌をした男の子と、女の子がいました。
二人はそれぞれに「仲間」を探しに出かけるのですが、自分だけが青い貌をしているのを恥ずかしがって、赤い貌のお面をつけて街をさ迷います。
そしてある地点で、二人はすれ違うのです。けれども、ふたりとも、自分の青い貌を隠した赤いお面をつけているので、相手が唯一の仲間であることに気付かずにふたり、すれ違っていきます。

―― マスク/a man with a past
https://plaza.rakuten.co.jp/poboh/diary/201711260000/

    171126a.gif

        She had blue skin,
        And so did he.
        He kept it hid
        And so did she.
        They searched for blue
        Their whole life through,
        Then passed right by ――
        And never knew.

        ―― Masks/Shel Silverstein



見せることは、隠すこと。
僕たちは、自分が持っていないものを与えて、

それを拒絶してくれるように頼む。



        L'amour, c'est donner ce qu'on n'a pas
        ―― Jacques Lacan, Le Séminaire livre V Les formations de l'inconscient 1957-1958
        愛とは、持っていないものを与えることである
        ―― ジャック・ラカン、セミネール第5巻

        Je te demande de me refuser ce que je t'offre parce que : c'est pas ça
        ―― Jacques Lacan, Le Séminaire livre XIX …ou pire 1971-1972
        私は、私があなたに贈るものを拒絶してくれるようあなたに頼む
        なぜならそれではないのだから
        ―― ジャック・ラカン、セミネール第19巻



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  1. 2017年11月26日 12:51 |
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そうそう、それそれ (。-`ω´-)ンー


自分に向き合ってくれる誰かがいるのなら、
それだけで、というか、
それだけが、峻別、の意味を成す。
峻別の理由はいらない。

そして、その相手とどんな関係が生まれるか。
愛、と呼べそうな何かが生まれるか。
それは、互いが実験者であり、
同時に被験者になる実験である。

愛は、問いと答が同時になるような、
つまり、自分で愛を定義する努力と、
別のことではあり得ない。
だから、プリセットされた意味は求めない。

定義づけられた愛なんて、語義矛盾だろう。



    171125.gif



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  1. 2017年11月25日 17:03 |
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愛をしようぜ。


「愛する」は、サ行変格活用だが、
実は、五段活用っぽく活用する。

    170128.jpg

    ―― 2015/12/03、『ラカン 9/xx ―― 愛とは、持っていないものを与えることである』



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  1. 2017年01月28日 12:01 |
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ラカン 14/14 ―― 愛とは、持っていないものを与えることである


何につけても、
始まりは、そんなものだ。


    例えば、建物を作るときに、
    設計図がなければ、全体が分からない。

    それでも、キッチンに作りつけの収納の、
    引き戸の取っ手のデザインが気に入れば、
    建物全体を好きになる、
    そんな契機としては、じゅうぶん過ぎる。


恋は、細部から始まる。
他人の全体なんて分からない。
細部からは、見通せるはずのない、
その全体を見越して好きになる。

その細部を延長しても、拡大しても、
きっと、その人にはならないのに。


        愛とは、持っていないものを与えることである。
        ―― ジャック・ラカン

        私は、私があなたに贈るものを拒絶してくれるようあなたに頼む。
        なぜならそれではないのだから。
        ―― ジャック・ラカン


    恋は、演劇性を求められる。
    見よう見まねの模倣で、
    演じる場面から現れる、
    演劇的な効果を恋と呼ぶ。

    演劇のくせに、全体のプロットを持たないままに、
    小さな場面が積み上げられる。


即興のライブだから、
細部は、小さな場面の、役者たちの中にある。

細部から全体に向かうときは、
その全体は、誰にも分からない。
全体から細部に向かうときには、
多くの意味づけが行き渡っているのに対して。


    神は細部に宿る。
    ―― ミース・ファン・デル・ローエ
    建物は、細部の収まりがよくないと、
    全体の価値が損なわれる。

    細部は、現場で決められる。
    当初の設計では、詰められない。


なにを作っているのかさえ、
分かっていなかったのに、
気がつけば全体に行き着いて、
なにやら、でき上がったものがある。

でも、僕たちは、いつだってうまくいかない。
どうやったらこんなものができるのだろう、
苦笑しながら、細部の集積を、
懐かしく眺めてみる。


そして、喩えようもないそれを、
例えば、愛と呼んでみる。



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  1. 2015年12月12日 20:43 |
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ラカン 13/14 ―― 愛とは、持っていないものを与えることである


意地悪をしてしまうこと、
そっ気なさを装うこと。

持っていない「嫌い」や、
「無関心」を与えてしまうこと。
持っているのは、それらではなく、
「好き」や「関心」なのに。

        愛とは、持っていないものを与えることである。
        ―― ジャック・ラカン


僕の「好き」は、
彼女の理解が可能になるまで歪曲されて、
おそらく「嫌い」に書き換えられる。

その実質は、彼女による、
僕の感情の創造であり、
僕の「好き」は変わらない。

        私は、私があなたに贈るものを拒絶してくれるようあなたに頼む。
        なぜならそれではないのだから。
        ―― ジャック・ラカン


どうして、僕は、
僕の邪魔ばかりするのだろう。



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  1. 2015年12月11日 21:01 |
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ラカン 12/14 ―― 愛とは、持っていないものを与えることである


他人のことは、行為で判断する。
自分のことは、気持ちで判断できるのに。

行為は、必ず演劇性を備える。
例えば、優しさは、
相手が優しくされていることを理解することで、
優しさになるから。


他人に通じる可能性がないような、
私的な言葉や所作は、意味をなさない。

優しくしたい相手には、
優しい人を演じることになる。
そうしないと、優しくしたことにも、
優しくされたことにもならない。


僕は、彼女に優しくしたかったから、
優しい言葉を選んだけれど、
それは、僕が優しい人に思われるために、
選んだ言葉ではない。

自分のためにかけた言葉ではなく、
彼女のためにかけた言葉だ。


彼女には、優しさだけが届けばいい。
僕は、彼女に、
優しい人だと思われても困らないほどの、
優しさは備えていないから。

それほど多くの、
優しさは持ち合せていないから。

        愛とは、持っていないものを与えることである。
        ―― ジャック・ラカン


優しい人に思われることなしに、
彼女に優しさを与えたいのなら、
気づかれないように、
優しさは、控えめに隠される。

隠された優しさは教えてくれる。
きっと、僕に対しても、
僕には知ることができなかった隠された優しさが、
数限りなく、向けられていたことを。

        私は、私があなたに贈るものを拒絶してくれるようあなたに頼む。
        なぜならそれではないのだから。
        ―― ジャック・ラカン



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  1. 2015年12月10日 20:58 |
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ラカン 11/xx ―― 愛とは、持っていないものを与えることである


恋の始まりにおいては、ことさらに、
恋は、演劇性を求められる。
つまり、デートをして、手をつないで、
キスをして、エッチをする。

それらが演劇でないとしたら、
誰もが、おおよそ順番を守り、
誰もが、おおよそ同じ行為をする、
その理由が見つからない。


テレビや、映画や、漫画や、小説や、
誰かから聞いた話や、流行りの歌や。
僕たちは、よくある台詞と、よくある所作で、
よくある演劇を再現する。

誰もが同じ行為をするから、
役者がなにを演じているかが分かる。
役者は、観客を模倣し、
観客は、役者を模倣する。



例えば、自転車に乗る、駅までの道を歩く、
日常の自然な行為においては、
行為の目的を意識すれば、
行為する身体は、意識しなくてもいい。

例えば、箸を使う、キーボードを打つ、
自分の身体を意識しなくても、
そんな高度なことができるのに、
彼女と、簡単に手をつなげない。

自分の身体の動静を、
意識することが非日常である。
僕は、自然に手をつなぐような、
身体性を持っていないことに気づく。

        愛とは、持っていないものを与えることである。
        ―― ジャック・ラカン


箸を使うことも、
キーボードを打つことも、
模倣から始まったが、
もう誰の真似もしなくていい。

日常の秩序を逸脱した、
ぎこちなかった身体も、
自然に手をつなげるようになると、
もう演技はいらなくなる。

        私は、私があなたに贈るものを拒絶してくれるようあなたに頼む。
        なぜならそれではないのだから。
        ―― ジャック・ラカン

もう誰の真似もしなくていい。
彼女と手をつなぐことは、
僕の日常の中に、
秩序化されている。



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  1. 2015年12月08日 12:51 |
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ラカン 10/xx ―― 愛とは、持っていないものを与えることである


欲求が欠乏の函数なら、
愛を求める人は、愛を欠いている。
満ち足りている人なら、
愛を欲しがることはない。

欠乏したままで、愛を与える。
欲しいものは、
まず自分から与えないと、
得ることができないから。

        愛とは、持っていないものを与えることである。
        ―― ジャック・ラカン


得られてしまうと、
満ち足りてしまうと、
求める必要も、
与える必要もなくなってしまう。

僕は、そんなことを、
望んでいたわけではない。

        私は、私があなたに贈るものを拒絶してくれるようあなたに頼む。
        なぜならそれではないのだから。
        ―― ジャック・ラカン


それでも、僕は、
与えよう、贈り続けよう。
贈る、ということは、同時に、
拒絶の契機を贈っているのだから。

贈る、ということは、
あらかじめ、または、同時に、
相手が受け取りを拒絶する可能性を、
前提とし、または、発生させる。

贈る、とは、愛が壊される可能性を、
与えることである。



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  1. 2015年12月06日 12:41 |
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