馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

得意而忘言と、得魚而忘筌と、色即是空 ―― 3/x


荃者所以在魚、得魚而忘荃、
蹄者所以在兔、得兔而忘蹄、
言者所以在意、得意而忘言。
吾安得夫忘言之人而與之言哉!
―― 莊子/雜篇、外物第二十六


筌(せん)は魚を在(い)るる所以(ゆえん)なり、
魚を得て筌を忘る。
蹄(てい)は兎を在(い)るる所以(ゆえん)なり、
兎を得て蹄を忘る。
言は意に在(い)るる所以(ゆえん)なり、
意を得て言を忘る。
吾安(いず)くにか、
夫(か)の言を忘るるの人を得て、之を言わんや。


筌(せん)は、魚を捕えるためのツール。
魚をゲットしたなら、筌を忘れていい。
蹄(てい)は、兎を捕えるためのツール。
兎をゲットしたなら、蹄を忘れていい。
言葉は、意味を捕えるためのツール。
意味をゲットしたなら、言葉は忘れていい。
言葉を忘れた人をゲットして、
こんなことを言いたい。


        筌も、蹄も、例を挙げただけ。
        ひとまずは、そう捉える。
        引っかかるのは、得意而忘言、
        意味を捕えたなら、言葉は忘れていい。
        それは、一緒にするなよ、と言いたくなるが、

        吾安得夫忘言之人而與之言哉!
        言葉を忘れることができる人と、
        こんなことを語り合いたい、
        そこから、得意而忘言、を、
        読み解くことになる。

        すでに、答は出ている。
        荘子が、吾安得夫忘言之人而與之言哉!
        と呼びかけるなら、
        読み手の答は決まっている。
        ここにいますよ、ってことだろう。

        読み解く、というのは、
        自分が読み解く、ということで、
        他人ごとではあり得ない。
        僕の答は決まっている。
        荘子を読んで、5日めの、

        こんな僕でもいいですか?



テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2017年05月14日 12:17 |
  2. 荘子
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

コメント

對!
まさに説得好!すごいなw

いるる,つまり
「用」道具と,自分「体」はどちらが先にゐて,どちらが主体か,というめくるめく存在認識論に,とっくにケリをつけてしまった,むちゃくちゃな『莊子』さん,と言う大前提。

だからこそ,『莊子』は

言という,もっともだいじなものをも,「用具」とみなしてしまうことができた

そのことの落差,というか,ゴウインさ,と言うか,に,まず,

おいおい,いっしょにするなよ,とおもうべき,なんだよwね,まずは。

『莊子』の異常さに気付かないまま
3つの喩えをよみこむことに,そもそもの正解率の低さがある。

という・・・・。w

「用」具と,主「体」の関係性は,倶,と言う字によくあらわされているんですがw
光境倶亡,復是何物?と宋代になってもまだなやんでるひともいたわけだが,w
  1. 2017/05/14(日) 21:29:51 |
  2. URL |
  3. 玄 #3E8HQ5Yc
  4. [ 編集 ]

玄さん、こんにちは。

>對!
>まさに説得好!すごいなw
いえいえ、子供の感想文みたいなもので。
幼稚で、平易な表現でしょ。
なんにも知らない子供が、
浅はかな感想を述べているに過ぎない、
大人な人なら、そう思いますよっ♪

>めくるめく存在認識論
そこに行かなきゃ収まらないから、
得魚而忘筌と、色即是空に続くことになるよな、
なんて思ってます。
ツモれるといいのですが。

>『莊子』の異常さに気付かないまま
>3つの喩えをよみこむことに,
>そもそもの正解率の低さがある。
はい、その喩えは、めくるめくパラドックス。
99%の人が看過する異常なら、
気づかないほうが正常なのかな。
荘子は、異常者だけが読むことができる、
色覚異常の検査表かもしれない。
正常な人からしてみれば、
まき散らした砂粒から、
意味を読み解くようなものでしょう。

>光境倶亡,復是何物?
なるほど、
分かったふりをすることが上手い人はいるなぁ。
  1. 2017/05/15(月) 21:25:04 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

分かったふりをするw
www
www
色はカタチ,たしかに。。

フリ即是空,空即是フリ
ソコから多分,色は形,です,みたいなカイシャクが最近になってでてきたんだろうな・・・・

確かに「カタチから入るのはいかん,ムナしい」みたいな,ニホンゴあるもんね。

白のラージヘッド?
いやいやスモールヘッドにクレイドットでしょう,
いや,もずらいとでしょ。
みたいなw

でも。
カタチは象徴。
ものする,ものでもあるwモノになるかは別として。
そこからはじめたっていいじゃないか,ものにならなくたっていい,という「意」のだいじさが,そもそもわからないひとが,

『莊子』の目くるめきをよみちがえるのかもしれないな・・・・と。
ふとおもった。

莊子が最も嫌ったのは功利,ですからね,得利。


ああ,本質は。

色認識は「色覚異常」。そのとおりですよね
うん。
詩の資材にパクらさしてもらいますm(__)m


いつかのよくしらないひとの「なんなのこのパクリかた」

という名言もさ,わたしは忘れてないけどw
  1. 2017/05/16(火) 00:53:28 |
  2. URL |
  3. 玄 #3E8HQ5Yc
  4. [ 編集 ]

玄さん、こんにちは。

>確かに「カタチから入るのはいかん,ムナしい」みたいな,ニホンゴあるもんね。
脚下照顧、って、
他を見るな、自を見ろよ、ってことよね。
天を見るな、地を見ろよ、って言ってる気がする。
道は地べたに続いてるもの。
確かに「足下を見つめる」って日本語があって、
自省しろ、って説教坊主が言う。
靴を揃えましょう、って観光坊主が言う。
灯台もと暗し、ってスピ坊主が言う。
その中で、「僕はどう意味づけるのよ」ってのが、
脚下照顧なわけですね。
他を見るな、自を見ろよ、ってこと。

色即是空、ってのも、そんなノリでやります。
考える、というのは、そこに立つということ。
自分の足で立つ、そういうこと。
検索して、コピペして、
99%のメンバーに同意することではない。
みんなの意見を、自分はそう思う、
と思い込むことではない。
逆に、自分の意見を、みんながそう言っている、
と言い換えることでもない。
僕は、公約数はいらないの。
割り切れない余りが自分だから、
必ず、間違ったことを書いてやるっ♪w

>莊子が最も嫌ったのは功利,ですからね,得利。
裏を返せば、
功利、得利、それが99%のメンバーの、
価値判断の基準ということか~。

>いつかのよくしらないひとの「なんなのこのパクリかた」
>という名言もさ,わたしは忘れてないけどw
「なんなのこのパクリかた」には、
パクりではない、という含意があります。
「なんなのこの歌は」には、
歌として否定する意味が込められている。
だから、そのよく知らない人は、
「なんなのこんな自分は」って続かなきゃいけない。
脚下照顧!
  1. 2017/05/16(火) 10:38:38 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

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