tetsugaku poet

qinggengcai

自由、について 1/x


スーダンの人口は約4,000万人、
東京ドームの727個分である。
     ―― いきなりだなw。
     ―― うん、続きを聞こうか。

日本の人口は約1億2,000万人、
東京ドームの2,182個分である。
     ―― 東京ドームを単位にしても、
     ―― 直観的な理解が得られるとは思えないぞ。

横浜スタジアムでは、
それぞれ、1,333個と、4,000個になる。
     ―― そこではない。
     ―― 球場を変えろ、と言っているのではない。

東京ドームは、JR「水道橋」の北、
250mに位置する。
     ―― そうなのか。
     ―― だから、どうした?

そして、そのさらに北4kmに、
二葉亭四迷の墓がある。
     ―― 4km、って遠くないか?
     ―― もっと最寄りの駅があるだろうに。

よく知られた話だが、二葉亭四迷は、
「ぶっ殺すぞ、てめえ」をもじって名づけられた。
     ―― いやいや、それでは二葉亭四迷にはならない。
     ―― 「くたばってしめえ」だ。

さて、東京ドームは、
1988年に竣工されたが、
     ―― もう30年になるのか、
     ―― 早いもんだな。

スーダンの独立は、1956年で、
南スーダンの分離独立は、2011年である。
     ―― 思い出した。
     ―― そういえば、スーダンの話だった。

東京ドームは、日本の首都、東京にあり、
スーダンの首都は、ハルツームである。
     ―― なんだか、落ち着かない説明だ。
     ―― 間違ってはないのだろうけど。

東京ドームは、北緯35度42分に位置する。
対して、ハルツームは、北緯15度34分にある。
     ―― 間違いではないと思うけど、気持ちが悪いな。
     ―― なにが言いたいんだ?

晴れた日には、二葉亭四迷の墓から、
富士山が見えるだろう。
     ―― 思い出した。
     ―― そういえば、二葉亭四迷の話もあった。

富士山は、標高3,776m、
東京スカイツリーは、634mである。
     ―― もの知りだな。
     ―― なぜ高さを比べるんだ?

信濃川は、367km、
しかし、流域面積は、利根川のほうが広い。
     ―― 「日本一」で検索をするな。
     ―― 今、必要なのか、その知識は。

ちなみに、ヒマラヤ山脈のエベレストは、8,848m、
アフリカのナイル川は、6,695km。
     ―― 「世界一」もやめろ。
     ―― そういう雑学を並べるのはやめてくれ。

ヒマラヤ山脈の東端に、
幸福の国、スーダンがある。
     ―― 違う、スーダンはアフリカだ。
     ―― もしかして、その国は、

     ―― ブータンではないのか?w



    180409.jpg

    たまには美味いものを食べなきゃ。



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  1. 2018年04月19日 20:02 |
  2. 自分らしさ
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人それぞれ 21/21


「人それぞれ」でいいけれど、
「人それぞれ」でなければならないけれど、
「人それぞれ」で片づけるのは違う。
        「人それぞれ」という、
        断片的なフレーズを結論にして、
        そこで対話がぎこちなく終わるのは、
「人それぞれ」だから何がどうなのかを、
「人それぞれ」に続く何かを、
僕が考えていないからだろう。



    

    ―― Take Me Out/Franz Ferdinand
    ―― Alexander Paul Kapranos Huntley、Nicholas John Mccarthy、
    ―― Paul Robert Thompson、Robert Hardy 作詞作曲、2004、Domino Records



        それに続く何かを補うという発想もない僕は、
        考えない、というよりも、
        考える、ってことを知らない。
分かったつもりになっている僕は、
分からなくならない、というよりも、
分からなくなる、ってことを知らない。
        共有したつもりになっている僕は、
        共有されなくならない、というよりも、
        共有されなくなる、ってことを知らない。



    

    ―― Are You Gonna Be My Girl/Jet
    ―― Cameron Thane Muncey、Nicholas John Cester 作詞作曲、
    ―― 2003、EMI Music Australia



自律的な内面を持っていない人なら、
「それぞれ」の自分を持っていないから、
「人それぞれ」なんて図々しいのに、
        自分の正しさを押しつけてくる人なら、
        他人の「それぞれ」を認めていないから、
        「人それぞれ」なんて相容れないのに、
そして、自律的な内面を持たないのも、
自分の正しさを押しつけるのも、
それさえも「人それぞれ」で混ぜ返すような、
        そんな「人それぞれ」の多義性を頼みにして、
        便利な言葉を、便利に使っているだけなんだ。
        人の虚(きょ)を衝(つ)いて煙に巻く、

        「人それぞれ」は、魔法の呪文だ。



    

    ―― Blues Hand Me Down/Vintage Trouble
    ―― Vintage Trouble 作詞作曲、2011、McGhee Entertainment



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  1. 2018年04月17日 00:21 |
  2. 馬鹿
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人それぞれ 20/21


「人それぞれ」という、
断片的なフレーズを流通させて、
それに続く何かを補わない。
        それが日本語だ、
        ってことくらいは知っている。
        日本語のネイティブは、全部を言わない。
「私は鰻(うなぎ)です」、
「蒟蒻(こんにゃく)は太らない」、
「日曜日はちょっと」、
        そんなふうに構文が壊れていても、
        僕たちの日本語は、
        淀みなく通じている。

それらは、自分の言葉ではないから、
世の中で流通しているフレーズだから、
全部を言わなくてもいいんだ。
        断片だけで、意味を共有できるのは、
        すでに共有しているインデックスを、
        指示し合っているからである。
では、僕たちは、
「人それぞれ」という断片で、
あらかじめ、何を共有しているのか。

        出られないループなら、
        気づかないふりをして、
        見えていないふりをして通り過ぎる。

        「共有していない」ことを、共有しているんだ。



    

    何もそんな難しい事 引き合いに出されても
    知りません全然 だから気にしないぜ とにかく行こう

    ―― イージュー☆ライダー/奥田民生
    ―― 奥田民生 作詞作曲、1996、Sony Records



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  1. 2018年04月16日 12:07 |
  2. 馬鹿
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人それぞれ 19/21


>自律的な内面を持っていない他人とは、
>どうしたって話にならない。
中略
>雑踏の中にいる人と、
>新しい比喩を作り出す。

        これ自体が、自分の正しさの押しつけである。
        僕は、なんて迂闊なんだろう。
        直ちに陥るような、自己矛盾に気づかない。
        すぐそこで待ち受けているような、
        自家撞着が見えていない。
 
>人それぞれ 1/x (03/25)
>人それぞれ 2/x (03/26)
中略
>人それぞれ 18/xx (04/14)
>人それぞれ 19/21 (04/15)

        この丸ごとが、自分の正しさの押しつけである。
        自分の正しさの押しつけである、
        そう言い放つこと自体も、
        自分の正しさの押しつけであり、
        このループからは出られない。

例えば、多様性を認める、多様性を尊重する、
なんてのは、多様性を認めない人たちの意見も、
多様性として尊重しなきゃならなくなる。
原理主義を認めない、なんてのは、
原理主義を認めない原理主義、になる。

        出られないループなら、
        気づかないふりをして、
        見えていないふりをして通り過ぎる。
        「張り紙禁止」と書かれた張り紙があるように、
        「静かにしろ」と怒鳴る人がいるように、

        「その問いには答えない」と答えてみる。



    

    見える 見えるよ
    わかる わかるよ

    ―― lilac/Vampillia×戸川純
    ―― 真部脩一 作詞作曲、2014、Virgin Babylon Records



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  1. 2018年04月15日 12:07 |
  2. 馬鹿
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人それぞれ 18/xx


自律的な内面を持っていない他人とは、
どうしたって話にならない。
        判断は、みんな、という相互参照になり、
        そして、そのみんなにしても、どこかにいるわけではなく、
みんなが、みんながいるだろう、
と思っていることで現れるみんなである。
        雑踏の中にいて、
        誰とも出会うことはない。

自分の正しさを押しつけてくる他人とは、
どうしたって話にならない。
        他人と考え方が違うのは当然なのに、
        ―― そして、考え方が違うのは自分も同じなのに、
考え方が違う他人を、間違っている、と思い込んでいる。
―― 考え方が違う自分は、当然に正しくて。
        雑踏の中にいて、
        自分一人と出会っている。

「人それぞれ」という差異を保つためには、
互いに、自分が立てた正しさがあり、
        互いに、訂正可能であることが求められる。
        雑踏の中にいる人と、

        新しい比喩を作り出す。



    

    ここに今ぼくがいないこと誰も知らなくて
    そっと教えてあげたくて君を待っている

    ―― 電車かもしれない/たま
    ―― 知久寿焼 作詞作曲、2001、地球レコード



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  1. 2018年04月14日 12:03 |
  2. 馬鹿
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人それぞれ 17/xx


人は、それぞれ、自分が正しいと思っているけれど、
多くの正しさは、法律や、道徳や、慣習で決まっている。
そんなのは、僕がどう思っていても、世の中が正しくなる。
世の中が間違っていても、世の中の正しさは無視できない。

だから、僕が自律的に正しいと思っている正しさの多くは、
正しいとも、間違いともいえない正しさである。
誰にとっても、正しいと決まった正しさではなく、
僕にとっても、間違いかもしれない正しさになる。

そんな正しさは、いつでも正しいわけでも、
いつまでも正しいわけでもないから、
決定を見合わせた、暫定的な正しさと考えていい。
僕は、いつでも、自由に、間違いにしていい。

僕は、僕の正しさを更新してもいいし、
正しさに変更が加えられてもいいし、
正しさを捨ててしまってもいいけれど、
正しさは、常に見直されなければならない。

そのためには、僕が持っている正しさを、
揺さぶってくる他人が必要になる。
僕に見直しを迫る他人が必要になる。
そんな他人を、「人それぞれ」で片づけてしまえば、

僕は、誰とも出会っていないのと同じだろう。



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  1. 2018年04月13日 21:02 |
  2. 馬鹿
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人それぞれ 16/xx


「人それぞれ」を主題的に意識しながら、
ふらふらと、迷い出たけれど、
つかみどころのない「人それぞれ」を、
捉えることもなく、手放すこともなく、
主題に置き続けるというのは、
少々、もどかしいことだったりする。

正解を探しているわけではない。
「人それぞれ」を何らかの正解で括ってしまえば、
もはや、「人それぞれ」とは呼べなくなってくる。
正解も、不正解もない「人それぞれ」を、
主題に据え続けるというのは、
少々、苛立たしいことだったりする。

さて、どちらへ行かう 風がふく



    

    ホラ もうそろそろだよ
    物理の成績の悪い子どもたちが 空中を歩き回る時刻

    ―― 電車かもしれない/たま
    ―― 知久寿焼 作詞作曲、2001、地球レコード



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  1. 2018年04月13日 12:25 |
  2. 馬鹿
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人それぞれ 15/xx


「人」は、「それぞれ」、「自分が正しいと思っている」、
と思っている僕は、
他人よりも「自分が正しいと思っている」ことになる。
つまり、他人の「それぞれ」なんて認めていない。

僕は、なんて迂闊なんだろう。
直ちに陥るような、自己矛盾に気づかない。
すぐそこで待ち受けているような、
自家撞着が見えていない。

「人」は、「それぞれ」、「分かり合うことはできない」し、
「人」は、「それぞれ」、「真実など求めていない」のなら、
僕は、「人それぞれ」なんて言いながら、
少しも「人それぞれ」なんて思っていない。

「人それぞれ」は、「人それぞれ」に還元される。
直ちに引き戻される、突き返される。
「人それぞれ」で、ごまかして、
収めてしまうけれど、収まったような気になるけれど、

少しも収まっていないんだ。



    

    それでつまり絶景と暮らしのいいとこだけを
    取り集めて楽天のブログに書いたりしたの

    ―― lilac/Vampillia×戸川純
    ―― 真部脩一 作詞作曲、2014、Virgin Babylon Records



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  1. 2018年04月12日 22:04 |
  2. 馬鹿
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人それぞれ 14/xx


僕たちは、「それぞれ」の「人」の、
違いに照準したときに、「人それぞれ」と思う。
逆に、共通点を見い出そうとしているときには、
「人それぞれ」なんて思わない。

そんなふうに、「人それぞれ」と言いたくなるのも、
ならないのも、「人それぞれ」であり、
つまり、「人それぞれ」は、
そのまま、「人それぞれ」に回収される。

『「人それぞれ」も「人それぞれ」』であり、
『「人それぞれ」も「人それぞれ」』と思うかどうかも、
また、「人それぞれ」である。
結局、「人それぞれ」からは何も得られない。

どこにも行けずに、宙に浮かんでいる。



    

    その理由は 人それぞれ 耐え抜くためには仰け反れ
    この街はとうに終わりが見えるけど 俺は君の味方だ

    ―― 琥珀色の街、上海蟹の朝/くるり
    ―― 岸田繁 作詞作曲、2016、SPEEDSTAR RECORDS



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  1. 2018年04月10日 21:04 |
  2. 馬鹿
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人それぞれ 13/xx refrain


「人それぞれ」ってのは、
省略された断片と仮定して、
人は、それぞれ、何がどうなんだろう。
何をどう補ってみようか。

自分が正しいと思っていて、
他人と分かり合うことができない。
「人それぞれ」は、
真実を探究することの放棄、といえる。

「人それぞれ」の後に続くのは、きっと、
最後まで言ってしまうと、
みもふたもなくなるような事実である。
例えば、人は、それぞれ、

「真実など求めていない」



    180329.jpg



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  1. 2018年04月09日 21:05 |
  2. 馬鹿
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