馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

感じるな、考えろ 3/x


何も考えられない人も、
少しは考えてみた人も、
ある程度まで掘った人も、
岩盤にぶち当たるまで掘り下げた人も、
それぞれに結論を同じくする。
自分の正しさからは出られない。

ただし、掘り下げた人どうしなら、
自分と異なる考えを、
異なることだけを理由として、
間違えていると結論づけない。
お互いに、それぞれの正しさを、
身をもって知っている。

厄介なのは、スピや自己啓発で、
底が浅くて、にわか仕込みの知識ほど、
なぜか自信が持てるらしく、
僕は、何も分かっていなくて、
知識が足りない扱いを受ける。
そう感じているのなら仕方がない。

底が浅い人からは、底が浅いと、
狭量な人からは、狭量と、
鈍感な人からは、鈍感と、
馬鹿からは、馬鹿と、
他人の価値観を認めない人からは、
他人の価値観を認めないと評される。

少し考えただけでも、
矛盾に気づくと思うけれど、それでも、
自分の正しさからは出られない。
などと思う僕も、
自分の正しさからは出られない。
などと思う僕でさえ、

自分の正しさからは出られない。



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  1. 2017年02月22日 16:03 |
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感じるな、考えろ 2/x


        誰だって、自分は正しい。
        みんな、それぞれに正しい。
みんな、間違えようがなく、
正しくない自分でいることなど、
誰にもできない。

        だから、正しくありたければ、
        自分の正しさを感じていればいい。
感じることに満足しないで、
自分に多くを求めるから、
ありもしない間違いを探してしまう。

        ありのままでいい、そのままでいい、
        風に吹かれていればいい。
考えるから、間違える。
考えずに、感じていれば、
誰だって正しくなれる。

        間違えたから、反省するのではなく、
        反省と間違いは、僕たちに同時に現れる。
間違いは、反省と切り離せない。
小さく自分を省みるなら、
大きく間違えることはないだろう。

        正しくありたいのなら、
        考えずに、感じること。
それは、僕が知らなかっただけで、
そんなことは、ずっと前から、
大多数の人たちが実践していて、
        そんなあたり前のことに、
        今さら、立ち止まる僕がどうかしている。

そして、僕を絶望させるのは、
そんな、どうかしている僕でさえ、
僕の正しさに回収されること。

        僕たちは、立ち止まることさえできない。
        正しくない自分に、なることができない。



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  1. 2017年02月21日 12:53 |
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感じるな、考えろ 1/x


        狭量な人ほど、自分を、
        他人よりも心が広いと思っていて、
そう思い込める臆面のなさが、
その人の狭量さを示しているけれど、
        もう、それ以上の心の広さを望めそうにないのは、
        心が広いと思っているから。

感受性が鈍い人ほど、自分を、
他人よりも感受性が鋭いと思っていて、
        それは、他人の感受性を感受する感受性が、
        鈍っていることにほかならないけれど、
もう、それ以上の感受性を望めそうにないのは、
感受性が鋭いと思っているから。

        それでも、誰だって、自分は正しい。
        誰だって、正しくない自分にはなれないもの。



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  1. 2017年02月19日 12:05 |
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八日目の蟬 2/3


今まで、自明なものとして、
信じられてきたさまざまな価値は、
流行りの歌みたいに薄っぺらになって、
それでも、残り少ない価値として、
僕たちは、家族や親子の関係を共有している。
今も、自明なものとして。

正しいものなどなく、
価値があるものなどない、
それは、冷めた態度と共に、
分かったふりをしてごまかさない、
自分のあり方に満足しない、
熱い構えだと思う。

自分の中に取り込んだ、
よくある正しさで片づけてしまうのなら、
誰と出会っても、何を見ても、聞いても、
どんなにたくさんの本を読んでも、
誰とも出会うことはない。
知識が増えて、もの知りになっても、

自分の視点を固定させるだけだろう。



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  1. 2017年02月16日 21:24 |
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八日目の蟬 1/x


小説が好んで取り上げる主題に、
家族や、親子や、とりわけ母と子があるけれど。

        乱暴に二分して、『晴天の迷いクジラ』では、
        母と子は、置き換え可能なものとして、
対して、『八日目の蟬』では、
替えがきかないものとして描かれる。

        あるいは、子の側からは、置き換えが可能で、
        母の側からは、それが不可能なのかもしれない。



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  1. 2017年02月14日 12:51 |
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ペンギン・ハイウェイ 2/2


例えば、アポロ11号は月に行っていないとか、
地球温暖化は起こっていないとか、
        9.11は自作自演だったとか、
        愛子内親王には複数の影武者がいるとか、

正しい、正しくないはさて置くとして、
踊らされる者が滑稽なのは、
        踊っている者たちをそっくり真似て、
        上手に踊るからである。



    170208b.jpg

    ペンギン・ハイウェイ/森見登美彦 著、
    2010、角川書店



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  1. 2017年02月11日 10:57 |
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ペンギン・ハイウェイ 1/x


愛、優しさ、正義、
民主主義、自由、平等、公平性、
僕は、それらの言葉を、
問いに使うとしても、答には使えない。
自分でも意味が分からないことは書けない。

それらの言葉には、
意味がない、などと、
ひねくれたことを言いたいわけではなく、
逆に、意味が多くて、
結局、何も言っていないことになるから。

よく分からないのに、
分かったふりをしない。
嘘つきな僕でも、
それくらいの正直さは持ち合わせている。
なにより、分かっていることなら、

書く必要もなくなるから。



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  1. 2017年02月10日 12:05 |
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晴天の迷いクジラ 3/3


家族とは、
立ち去らない他者。
留まり続ける子供の自己。

同じ屋根の下、
多くを共有する者たちとの、
逃れようのない関係。

それを共有したくないときの、
接点を持ちたくないときの、
致し方のない所作。

家族の光景は、
いつだって切実で、
なんだか愚かしく、

訳もなく悲しくなる。



    170208a.jpg

    晴天の迷いクジラ/窪美澄 著、
    2012、新潮社



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  1. 2017年02月09日 12:06 |
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晴天の迷いクジラ 2/3


自分の中に、
たくさんの他人が棲んでいると、
常に不一致が生まれる。

一致しないから考えるのであって、
一致する人なら考えない、
というか、考えることを知らない。

考える、ということは、
自分の中から、
立ち去らない他人である。

出て行かない少年である。
追い出せない少女である。



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  1. 2017年02月05日 12:06 |
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晴天の迷いクジラ 1/x


心は、正誤でいえば、
いつも誤りの側にある。
        心が正しければ、何かを見たとき、
        聞いたとき、読んだとき、

何かが入力されたときには、
表計算ソフトのように、
        いつでも、誰でも、
        同じ出力を返すだろう。

心の出力には、もれなく、
エラーコードがついてくる。



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  1. 2017年02月04日 12:03 |
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